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MINNIE'S お文化探検隊

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MCE(minnie's お文化探検隊)
様々なエンターティメントの紹介感想コーナー。
舞台、映画、その他なんでも文化に触れたらご紹介。完全なる主観批評が多いと予測されるため、参考にするなら話し半分にとらえるようにしましょう。

歌舞伎/歌舞伎座6月公演
助六 由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)夜の部// minnie
久々に歌舞伎を観た。かつて観た歌舞伎は学生時代に興味もなく連れて行かれたものばかり。
玉三郎の美しさにビックリした事以外、記憶にもない。
そして、当時の歌舞伎は今のように混んでいなかった。チケットも簡単に取れたし、客も年寄りが多かった。
その後、テレビやビデオで観る事はあったが劇場で観るのとは全く違う。ライブの素晴らしさだ。だから、私にとって「私のための歌舞伎」というのはこの日が最初と言うべきだろう。

始めての歌舞伎なので解りやすくて楽しいものをと、師匠モリポンが選んでくれたのが助六。新之介君、海老蔵襲名披露の公演。なかなかのっけから派手なメニューであった。

助六のお話はうっすらだけど知っていた。そしてこの助六という男に淡く恋した事があったのを思い出した。
その時は助六を歌舞伎ではなくマンガで読んだのだが(笑)江戸一番の伊達男ってのに惹かれたものだ。
その後、ペイTVで助六を観た事もある。誰が演じていたか覚えていないがあの日心惹かれた助六さんと同じキャラに思えなかったから、今回まで心に薄かったのかもしれん。

新之介改め、海老蔵の助六を観て思った。
「これだ。私が想っていた助六は!」成長もありましょう。若さもありましょう。体中からいっぱい光が出ているのだ。御曹司の光り、海老蔵を背負った責任感の光り、父ちゃん倒れた分頑張っている光り、そんなのがラスベガスの夜景のようにドカドカ光っていた。

そして、江戸一番にもてる男としての役を演じるにあたり、芝居の上手さや経験値だけでは発する事の出来ないオーラのようなものを4階席の壁まで漂わせてくる。
この芝居を観た私は、海老蔵を通り越して再び、助六に恋する事が出来た。海老蔵のファンになったのではなく(というと失礼かも知れないが)彼の演じる助六に恋した。マジ、もう一回みたい。

さて助六の筋書きを追いながら魅力を語らせていただこう。

舞台は三浦屋の店先から。吉原一番の花魁揚巻が酔っぱらって帰ってくる。
揚巻は玉三郎!この出端だけでもおなかいっぱい。
彼女は花川戸の助六にぞっこん惚れちゃっている。助六はこの揚巻の情夫になりすまし父親の仇を捜している、本名を曽我五郎という男。
父を切った源氏の宝刀友切丸(ともきりまる)を詮議するために、人に喧嘩をふっかけては刀を抜かせ、それを確認して回っているのだった。

そこに揚巻の妹分白玉を引き連れ髭の意休(ひげのいきゅう)がやってまいります。
揚巻に嫌われているにもめげず、毎日通っている悲しいじいさんである。彼女が助六にぞっこんなのに妬いてか、助六を盗っ人呼ばわり。
そこで揚巻がタンカきるんだけど、そのかっこいい事。惚れた男を悪く言うやつなんざ、鼻くそピンだわ。ミジンコ以下だわと(←そんなセリフではありません)バシッと爽快に言い返す、威勢のいい粋な江戸のネーちゃんよ。「大和屋!」って声をかけたい気持ちがよーくわかる。言える身分じゃないので心の中で絶叫しておく。

そんでもっておまちかね!助六が登場。
幕見だったもんだから花道がちょっとしか見えなかったけど、伝わってきますがな〜色っぽい空気〜。ちょいの間見えた助六さん。
黒の着流し緋の襦袢、赤いフンドシ、黄色いたび!紫のはちまきを右でしばって、紺の蛇の目傘ごしにミエをきられた日にゃあ、あんた。女性陣ウットリですわな。歌舞伎座の湿度がかなり上がったね。

いい男を見てため息が出るってのを体験しました。海老蔵君の本来持つかっこよさでしょうか?何でしょうね。

居並ぶ花魁たちから吸い付け煙草のキセルを渡される。これつまり、モテモテの証。
自分で吸って火をつけたキセルを「吸ってちょうだいな」ってホラ、ホステスも良くやるでしょう?あれみたいなもんね。
大枚はたいても手に入らぬ花魁のハートってやつですがな。これを「キセルの雨が降る」と表現し、次々に助六に差し出しに来るお姉さん方。両手に数十本ずつものキセルを持って「どうよ?」と。
うひーーーー!私もキセル渡しに舞台に上がりたい〜〜〜!どきなさいよ揚巻ぃー!(←妄想中)

意休をバカにしたおして刀を抜かせようとするがなかなか刀を抜かない意休のとっつぁん。

そこに登場、喧嘩ばかりしている助六に「けんかをやめて〜♪」と声をかけたのは白酒売りの新兵衛@実は兄の曽我十郎!
これが勘九郎様と来るじゃああーりませんか。
みにぃさん、ぶっ倒れそうっす。コーフンのルツボーーーぉ!
だ、だれか私を今すぐ花魁の姿にしてーーーー!はなぢぶー!

勘九郎様=十郎さん、敵の唯一の手がかりである友切丸を詮議するために喧嘩をふっかけているのだと聞いて納得、一緒に喧嘩しようと言い出した。(笑)喧嘩できないくせに。
そんで弟が「喧嘩の仕方を教えましょ。」ということになって、通行人を相手に兄弟ならんで「股ぁ、くぐれ」
股くぐらせるのが喧嘩のきっかけとは斬新な。

ここでは息抜きのように現代風にアレンジされた芝居が入る。通りかかった人が「けんかっ早い助六だ」と喧嘩買わずに股くぐると、その先にお兄ちゃんもいて、ややこしーのでそっちもくぐり…って流れだけでも笑える一時だが、若旦那風の通行人にはチト驚き。
「おや?あなたはもしや、先日襲名披露された海老蔵さんでは?」なんて言って記念にと携帯電話を取り出して2ショット。助六の股をくぐったらその後に立ってる十郎兄さんに「おやおやこの度は平成中村座大成功のようでニューヨーク公演もなされると」と。
そして突如マフラーを巻き、メガネをかけるとBGMが「冬ソナ」に…え?
ブルガリの香水を勘九郎様の股間にふりかけ、くぐったあとは黒子に一言「お〜い、お茶」お茶はやっぱり伊藤園でげすねとかなんとか言いながらNEWSの歌バックに「この若き海老蔵にエールを」と花道を去っていった。
客席盛り上がる。顔色変えず、終始「助六&十郎」で居続ける2人の様子がかえって笑えましたな。

そうこうしとると、揚巻に送られて笠をかぶった客が三浦屋から出てくる。喧嘩を売ろうと寄っていくが笠の隙間に見えた顔を見て助六は尻ごむ。
もっと弱いくせに兄ちゃん「では私が」と威勢よく出て行くも同様に腰をぬかさんばかりに驚く。この人、実は助六たちの母親の満江さん。人目を忍んでやって来たという事。
満江は二人の真意を聞き 、兄ちゃんを連れ帰り、助六には無理をせぬようにと破れやすい紙羽二重を着せます。
満江が帰った後三浦屋から出てきた意休が友切丸を持っているのを確認した助六が、すぐにも踏み込もうとするのを揚巻が押さえ、帰りを待ち伏せすることにするのだった。。。

とまあ、こんなお話しで、これは成田屋(市川團十郎家)の十八番外題。成田屋が演じるときは「助六由縁江戸桜」の題名ですが、それ以外の役者さんが助六を演じるときには、遠慮の意味も込めて(たとえば助六曲輪初花桜)というように同じ内容でも題名が違う場合があるらしい。

いやー。立ち見だったんだけどスタンディングオベーションしたかったね。
周りの豪華キャストに支えられて、というのも大いにあるが色んな意味で醍醐味だらけの演目じゃった。
新ちゃん、いや海老蔵君ありがとう!私に助六を思い出させてくれて。
君を通して、助六に恋する事が再び叶いましたわ。
んでもやっぱ勘九郎様ぁああああああ。髪の毛一本でいいからくださいいいいい。(泣)

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歌舞伎/歌舞伎座7月公演
桜姫東文章(さくらひめあづまぶんしょう)昼の部・夜の部/義経千本桜-夜の部// minnie
今回は桜姫東文章というお話しと、義経千本桜。桜姫は長いお話しなので昼の部から上の部〜と続いているため、昼の部の桜姫を幕見で観てから後半夜の部へ。つまりほぼ一日中歌舞伎座にいた。

まだまだ芝居の云々、役者の云々を語れるほど観ていないのでマニアックな事は後に現れるMCE隊員モリポンに任せる事にし、私はごく素人向けのミーハーな方を担当しまする。
7月公演は他に修禅寺物語、三社祭もあったのだが夜の部桜姫のために昼の部を鑑賞する目的なので今回はパス。

これは玉三郎の出世作のひとつらしい。7月は猿之助一座公演だけど親玉が倒れちゃってるので玉様が助っ人となり、市川軍団を率いて演じました!ということ。(だよね?)玉様がこれを演じるのは19年ぶりということで歌舞伎座には大和屋贔屓の方々がいっぱい。ストーリーはかなりショッキング。さらりと観られてしまう筋書きのおもしろさ。

愛し合う坊さんと少年の心中シーンから始まる。
同性愛っすよ。いきなり。しかも僧侶と少年…冒頭からビックリだ。叶わぬ恋に悲観した2人は海に身を投げ死にましょうと岸壁に。若き白菊丸少年が飛び込むものの、坊さん清玄は怖くなって飛び込めない。
「命は惜しくないけれど、飛び込むのが怖い」というなんとも情けない、かつリアルな心情。気持ちはわかる。

そして月日は流れ17年、死に損ないの清玄は偉いお坊さんになっておりました。
一方、かつて何者かに父と弟を殺され、重宝も盗まれ、没落してしまった吉田家のお姫様桜姫は、生まれながらに左手が開かない。そんな理由で縁談もまとまらない。

「そんな私は出家するしかないでしょう。」と決心して呼んだ坊さんが清玄さん。
出家はもったいないっすよーと、みんなで止めるが姫の決意は固い。やむなく清玄が十念を授けるとなんと桜姫の左手が開いたではありませんか!

開いた手からポロリと落ちたのは、17年前心中した白菊丸が、海に身を投じた際握っていた清玄の名前入り香箱@愛のあかし!桜姫は白菊丸の生まれ変わり〜〜!?とおったまげの清玄。
それから清玄はストーカーのように桜姫を追いまくり、何度も死にそうになっては死に損ない、最終的に桜姫ともみあって死んじゃうんだけど幽霊になってまで追い回す執念深さ。

桜姫は先述の吉田家騒動のときに自分を犯した男が忘れられないという、これまたたまげた事情。
どこの誰かは知らないけれど、そいつの子を産み、腕に掘られた釣り鐘の入れ墨だけは覚えていて同じ彫り物を腕に入れちゃう当時16歳。
顔も覚えておらん男に心惹かれて墨まで入れるなんて、つまりは身体が忘れられん。ってことじゃろ?
すごいお嬢さんだ。それで、その犯した男権助と再会しちゃってさーたいへん。

再会してすぐ、濡れ場となるのですが、なんと色っぽい事か!
いやはや、おばちゃん興奮しちゃいましたよ。歌舞伎座で萌え萌えになるとは予定外だった。
それから紆余曲折ありまして、権助と桜姫は一緒に暮らすんだけど、悪党権助にだまされて女郎に売られる。売られても素直に働くオバカというか世間知らずなというか、男を信じる女桜姫。
何か、可愛いと思っちゃえるところが不思議だったな。

お姫様言葉と女郎言葉が入り混ざっちゃってるあたりの芝居、玉様さすがです。
この女が愛おしい!って思える。こんなけなげな桜姫に、マジで惚れない権助は男じゃない。アホちゃうか?
それでも権助役の段治郎君はどこか「イキ」な芝居なので悪になりきれてない。実はいい人なんじゃない?って感じてしまうのがこの脚本を考えると失敗だったような。
片岡孝夫(今、仁左衛門)のとき、みたかったなぁ。歌舞伎先生モリポン曰く、非常に冷たく美しき悪党って感じで良かったそうだ。

そして、そのうち、自分の父と弟を殺し、家宝をうばった犯人が権助と知った桜姫は、酔って寝ている権助を刺し殺すだけでなく、その血を分けた赤ん坊まで殺してしまう。

普通、こういう流れで行くと桜姫はひとりで女郎として成り上がるとか自殺しちゃうとか想像するんだけど、最後は姫さまの姿で浅草寺前に立ち、「お家復活!めでたしめでたし!」って終わるし。
すげー。なんつう話なんだ。
このお話し、色んな役者で見てみたいと思いましたな。

そのあとの義経千本桜は、
鼓にされた両親を思う狐が家来忠信に化けて静御前を守って参りましたが、ばれちゃって事情を話したら一同感激して涙を流し、鼓を狐にプレゼント。大喜びで舞う狐。という話し。有名ですね。
(
あらすじについては、2005年5月公演の義経千本桜に書いていあります。)
猿之助の当たり役だったんだけど、倒れちゃってるので右近君が演じたわけです。

私は右近君がだーいすきだ。なので近くで見る事が出来て幸せだった。前の方の席だったというのに双眼鏡で見つめ、目があって喜んでいた。アイドルのコンサートのように。
しかし白いピラピラの狐装束を身にまとい、真っ白塗りで跳ね回る右近君は狐ではなくピレネー犬にしか見えなかったのである。顔でかい。(泣)
モリポンなんて「オバキューが出たかと思った」なんていうんですよー。
確かに、右近君は孔雀三郎や、弁慶の方が似合うでしょうよ。桜姫でも悪五郎がお似合いでしたわ。
でもいいの。その汗だくな姿に手を合わせて参りましたわ。ほほほほほ。
静御前の笑也もそれはそれは美しくかわいらしい。わたしゃ女として反省する事ばかり。

さて、来月は勘九郎様がお帰りになるわ。そして四谷怪談。
着物きていこうかな〜〜〜〜〜。わくわく。

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歌舞伎/歌舞伎座8月公演/1部
元禄忠臣蔵-御浜御殿綱豊卿-(げんろくちゅうしんぐら-おはまごてんつなとよきょう-) 
蜘蛛の拍子舞(くものひょうしまい)   // minnie
お帰りなさいませ勘九郎様。あなた様がニューヨークなんぞに行っている間、私はスカパーやら友人知人に借り回った過去の舞台映像を見て3日に一度は鼻血たらしておりました。

さて、お待ちかねの歌舞伎座8月公演。8月は3部構成で「1部」「2部」「3部」全てを見るのです。初日に1と2を見に行きました。まず1部のおはなし。

今回は染五郎(松たか子の兄さん)もご出演。くわえてカンタ&セブン(勘太郎と七の助@勘九郎様のご子息様)も出るとあって普段より若い女の子多し。
歌舞伎がスキなんじゃなくて、まるでツマブキにでも会いに来たような感じの子が多く見受けられた。なんだか外人さんも多かったような気がする。
1幕目の忠臣蔵は、これからの歌舞伎を背負って立つべき期待の若者達が頑張ってます!というステージであった。

忠臣蔵と言えば、
赤穂藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が吉良上野介(きらこうずけのすけ)を江戸城の中で斬り付けるという殿中刃傷事件がおこり、浅野内匠頭はその日のうちに切腹を命じられ、浅野家は断絶。んだけど吉良には、おとがめなし。
赤穂城は明け渡され、浅野の家臣たちは浪人となっちゃう。
その後、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)ら元浅野家の家来が吉良上野介邸に討入って、亡き殿様の敵討ちをするという大事件。さらに四人の大名に預けられた赤穂浪士たちが切腹を命ぜられ命を絶ち…
ってのだけだと思っていましたが、本当はもっと長い入り組んだ話なのね。
どっち側から誰にスポットを当てるかでたくさんの筋書きが生まれるわけです。義経千本桜も曾我兄弟も四谷怪談もこの話しに関わりを持つんだと。へぇ〜〜。(←歴史頭脳皆無)

この、手書きだと煮詰まりそうな「御浜御殿綱豊卿」てのは、綱豊という殿様と、赤穂浪士のひとり、助右衛門との会話の応酬が見所の演目で、勘九郎様と三津五郎さんが2001年だったかに演じたのだが、親友&ライバルな2人、しかも名優です。橋田スガ子もビックリな長台詞を火を噴くような勢いでしゃべり合う。
勘九郎様が言い終えると会場喝采!三津五郎さんが言い終えると喝采!の連続だったそうな。
これを染ちゃんと息子たちが初挑戦!勘太郎は父ちゃんのやった助右衛門。
さあ、どこまで頑張れるかい?ぼっちゃんたち。

筋書きはといいますと、
時は元禄15年、お雛祭りのころに綱豊卿の屋敷で御浜遊びが催されてます。という場面から。御浜遊びとは奥女中たちがみんなで隠し芸や仮装して日頃の芸を競い合う、屋敷の文化祭ですわ。
ここにお喜世(おきよ)という綱豊卿の愛妾が登場。セブンちゃんです。最近七の助の女形を気に入ってまして、繊細で華奢で声も良いし、なかなか期待の中村屋っ!

お喜世ちゃんが、断絶された浅野家の後室に使えるばーさんから「後室の病が良くなるためにも家名の再興させたいのよ。綱豊卿さん、力になってちょーだい」という内容のお手紙を預かりましてね、自分も浅野家には縁があり、自分の兄も浅野家の家臣だった助右衛門。綱豊に愛されている立場を利用して渡そうと思うんですわ。

一方綱豊。
時の将軍綱吉には後継者がなかったので、娘婿の綱教か、甥っ子綱豊のどっちかが後継者になるんでないかい?とマスコミ各位噂されてる状態の中、綱豊は「そういうのって面倒」と政治なんてよくわかりませーーーん。というキャラを演じていたのでありんす。このアホのふりしてる綱豊が染ちゃん。
お喜世もそんな綱豊に、このシビアな手紙を渡して良いものか悩むわな。でも江島さんという御祐筆(事務のおばさん)から政治に無関心は表向き、実は色々考えてらっしゃるんですぞ。と聞かされる。
安心した喜世ちゃんは、文を江島に託し、ついでに遊びに来ている兄さん助右衛門に御浜遊び見学させてやってほしいとお願いする。「ギャラリーが多い方がみんな嬉しいものよ〜」と歓迎。

そこに染五郎綱豊登場。ここでも綱豊は御台所の付き人に浅野家再興を将軍に頼んでくだせい〜とお願いされているんだけど取り合わない。「あ〜はいはい」とカラ返事なのね。
最愛の喜世ちゃん見つけて手を繋いでご機嫌な綱豊っち。(笑)そこで兄さん助右衛門が浜遊びを見たがっている話を聞き、「あ!さては今晩の能の催しに来る吉良をねらってるなぁ?」と感づく。武士たるもの、いくらなんでもヒトの隙をついて討つのは卑怯だ恥だ、つうことを伝えなさいよ、と言いつけて見学を許可。

所変わって綱豊のお部屋。
実は綱豊君は悩んでいました。あっちこっちから「浅野家再興の口添えを将軍にしてして」と頼まれているんだけどどうしたらいいんじゃ?と。相談に乗ったのはお勉強のセンセ、新井さん(橋の助)。
「綱豊さんは普段から政治に無関心なので将軍叔父さんは気味悪がってると思うのね、だからそんなあなたが口添えすれば「あ!こいつぅ!考えているンじゃん」と気をよくするだろうし再興の話しも聞き入れてくれそうじゃない?」とアドバイスするわけですね。でも綱豊は大石内蔵助たちに仇討ちさせてやりたいのが本音だった。
その方が大名頭に家名再興させるよりもずっと、朝廷の意に叶ってるんじゃない?と。それを聞いた新井さんはひどく感動して泣く泣く。あんた学問の師だろう?もっとビシッとせんかい。と思うほどオイオイ泣く。
「仇討ちさせてやりたいの〜〜〜〜〜お」とふたりで号泣。

ここからがこの演目の見せ場。
助右衛門を部屋に呼んで何をたくらんでいるのか聞き出そうとする。
助右衛門は「こっち来い」と言われても敷居をこえず、勧められた酒も飲まないで気もそぞろ。
「誰かが気になるかい?次の余興にはまだ時間があるよ。」と言われドキッとする助右衛門。本心を聞き出したい、そして本心が自分の考えと同様、お家再興より仇討ちならば、仇討ちをさせてやりたい綱豊と、それを綱豊に話したら計画が壊れちゃうかもしれないから話をはぐらかす助右衛門。
綱豊が「さては、仇討ちの真意を隠すためにうそついてるんでしょー?」と言えば、
助右衛門は「そんならあんたも同じでしょー?将軍になりたいのが本心で、その策略としてアホのふりしてやしませんかー?」
「なにぃー!?」
「兄さん、そりゃ言い過ぎよ!そのまま暴言吐くなら私が刺すわよー」とセブンお喜世。
この様なやりとりが派手に行われる。こんなに早口でベラベラ言い合う歌舞伎があったのか。

ああこれ、勘九郎様ならすごかっただろうな、と想像がつく。えらいトーちゃんの子供に生まれて来ちゃったもんだ。勘九郎バージョンを見ている人は当然比較するだろう。
私が言うのも口はばったいが、一生懸命頑張ってたと思うぞ。「息子!頑張れ」的な親心の大向こう。染五郎も立派だったぞ。今日は初日だ。今月毎日やってるうちに、きっともっとうまくなる。
息を飲むようなやりとり出来るさ。正直言って、後にこの演目の解説を見るまではこのシーンが一番の見せ場だと気づかなかった。ガガガガーっとしゃべっては客が感激するという言葉の応酬をもっと強く味わいたかった。

そうなんだけどね、でもひいき目とかそういう事じゃなくて、力一杯成長している若者に感動を覚えたのは確か。舞台から溢れ出るパワーは、まさに「元気いっぱいわんぱく坊主3人組」という言葉が似合う。
綱豊に「僕、実はお家再興を将軍に口添えしてくれろと、頼まれてるんだぞ」と聞かされ、助右衛門は「そうなっちゃったら仇討ちできない……」と大ショック受けてしまう。
「やっぱ、こいつ仇討ちする気満々じゃん。」と確信した綱豊は助右衛門の心情を察してその場を去る。

その夜、もてなしの能も中入り。能の演目「望月」の後ジテ(役の事)が吉良上野介と聞いていた助右衛門は舞台の裏手に忍び込み、槍でつきかけて交わされる。
シテのスタイルでやり合い当たって散る桜。幻想的とも言える美しい風景でやんした。
結局助右衛門は押さえられちゃうんだけど、この吉良もどき、実は助右衛門の行動を先に察した綱豊が替わって演じていたのだった。御家再興の成り行きを見つめる大石の気持ちを理解できないか?と諌める綱豊。返す言葉もなくガックリきちゃってる助右衛門に「まことの義人の復讐とは吉良の身に迫るまでに本分を尽くし至誠をいたすことだ」と言い残し、助右衛門を阿呆払いとして帰すよう江島に申し付け、綱豊は悠然と舞台へ向かう。
ただ殺せば、それで仇討ちなのではないぞと、助右衛門にバシッと言い放つ、綱豊がようやく格好良いところ見せる場面です。男っていろいろややこしやー。

このお話、鼻息ばかり荒くて筋道を通さないケツの青い若侍に真の「男気」を教えるといった話なんだと、私は理解したんだけど、そういうことなら勘太郎君でハマってた様にも感じる。
若いっていいね〜ピチピチだね〜〜。

1部2幕目は 蜘蛛の拍子舞。お化けのようにデカイ蜘蛛が出てくる演目です。
拍子舞っていうのは、歌舞伎舞踊の一形式。演者が三味線楽曲に拍子を合わせながら舞う小舞式もの。拍子舞舞踊はこの形式を踏襲し、劇中に拍子舞を挿入したもの。 だそうです。
「きっとここで寝ちゃうかも。勘九郎様出てきたら目覚めるかも。」なんて思ってました。最初は。
とんでもないでございます。結構なお話でございました上に、笑いまである。
本来これって笑い要素なんぞ無い話だと思うんだけど、染・カンタ・7 ファンの若いネーちゃん達が放心状態にならないように気配りしたのけ?(笑)

筋は簡単で、病気に伏せてしまった頼光(三津五郎)がおりまして、その病気はでっかい蜘蛛のせいだろうと、やっつけようとするところに、妻菊という娘がやって来て虫でも殺生はやめなはれ〜。と止めるのです。妻菊は福助さん。「何で止めるんじゃー!」ともみ合っているところに仲裁にはいるのが貞光(橋の助)。妻菊は有名な刀鍛冶の宗近の娘。頼光に呼ばれたけど外出してるので代わりに来たんだと。

そこに病人スタイル(紫ハチマキ左しばり)の頼光っぁんが登場し、刀談義しましょーということに。
ここから拍子舞になるわけです。
刀うんちくソングで三津五郎、橋の助、福助がダンスダンスダ〜ンス♪

けっこうしばらくの間ダーンス。素人が寝不足で行くとやばいかもしれない一時。
三津五郎って踊りが上手なので結構飽きずに見ていられましたがね。なのでつまらないというのではなく、見方と好み次第。世の中なんだってそういう事に尽きるので、お勉強だと思うて一所懸命見まひょ。
♪あなたの刀を見せて〜♪と妻菊が舞い、そのうち頼光を口説き出す。筋書き書には「蕩かしこむ」って表現されてたが「とろかしこもうとする」ってのはそういう意味なのかどうか、確認できてません。各自調査!
そして貞光に妨げくらったりしつつもダーンス。

踊るうちに妻菊の様子が変なので、不審に思って頼光&貞光が斬りかかろうとすると、妻菊は消える。
やっぱりこの女は妻菊に化けた女郎蜘蛛でした。
次の場面では、そら恐ろしく隈取りした蜘蛛の精の正体を現して登場。記憶のすみにあると思うんだけど、歌舞伎で両の手から細い紙テープ状の蜘蛛の糸をドバーッと出すの、あれのシーンとなります。確かゴダイゴというバンドがモンキーマジックのサビでもそんなものを撒いておりませんでしたっけか?何だったんだ?あれは?

「おっともめ事っすか?加勢いたすー」と坂田の金時@勘九郎様!金太郎ですかい?ええ〜っ?
勘九郎金時はこう言いました。「福助そっくりの蜘蛛の化身っ!」みたいなこと。そんなアドリブ言うところですか?でもこれで客席暖まりました。
それから蜘蛛を殺すのは今日の所はやめましょう、と頼光達が言う。ここで橋の助がこう言いました。「見れば自分の兄さんによく似たこの蜘蛛…」
そうです。福助は橋の助のお兄さんで、更に言えばこの2人のお姉さんと結婚したのが勘九郎様ですから、義理の兄になるわけですね。このダブル身内ギャグに、家系図知るもの&ちゃんと聞いていたヒトは笑いますわな。放心していた子たちも覚醒しましたがな。
私は隣の外人に「なぜここで笑ったのか?」と質問されましたがな。イヤホンガイドで解説してやれよ。説明がややこしいじゃないか。
まあそんなこんなで「見逃してやる。また会う時に!」とポーズ決め込みおしまいっ!という幕です。

この最後のカマシの力も充分に働いたと思う。幕が終わると皆、口々に「おもしろかったー」「わらったー」と言っておりました。面白かったは良いとしても、「笑った」というのはまさに。
ヒトは笑いを求めているんですね。おいしいところ、つかんでいきますわ。

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歌舞伎/歌舞伎座8月公演/2部
蘭平物狂(らんぺいものぐるい)  仇ゆめ(あだゆめ)   // minnie
倭仮名在原系図 蘭平物狂 (やまとがなありわらけいず らんぺいものぐるい)という外題。
噂に聞きしこの演目、見せ場はほとんど後半の立ち回り。祭りのような立ち回り。アクロバティックであり、外人さんに見せるならこう言うのが良いんでしょうな。筋書きではなく見て派手、つうあたり。しかしこのお話は実は親子愛を語っているのでもある。
蘭平さんは三津五郎。そうそう、今日、三津五郎ってだれっすか?と言われたんだけど誰と言われても困る。三津五郎襲名前は八十助で、そのころ近藤サトとスッタモンダしてたお方。なので今回は俳優名にリンクしておく。(以下)
三津五郎演じる蘭平は、刀を見ると狂ってしまう奇病のもちぬし。狂うと言っても暴力的なマッドマンではなくて、「変なおじさん状態」。

筋書き〜
在原行平(ありわらのゆきひら)という偉い人のお屋敷。行平演じますは勘九郎様。
行平は、わけあって須磨というところにおりましたが、都に戻ってきましてね、でも恋病なんです。須磨で契った松風という海女さんが恋しくて恋しくて引きこもりになってしまっていたわけです。
行平の奥さんは、夫を元気づけようと松風にそっくりな、与茂作って男の女房おりくを「松風」ってことにして慰めてやろうと思うんですな。「いつまで昔の女にこだわってるのよ!このバカ!」と罵りたくなる昨今ですがねぇ。与茂作は橋之助、おりくは扇雀さんです。扇雀さんは扇千景大臣の子です。女形の時は扇千景が登場したのかと思います。
行平はおりくを本物の松風だと思い、たいそう喜んでいるところに侍がやってきて、「さっき、とっ捕まえた罪人が縄を切って逃走中〜」と知らせる。
行平は武芸に優れた繁蔵に追っ手を命じるんですが、この繁蔵はまだ子供。演じる役者も子供。福助の息子である児太郎ちゃん。芝居の上では蘭平の息子。蘭平は「我が息子は、まだちびっ子!そんな危険な役目はむりだ」と訴え、代わりに自分が行くと言うんだけど、刀を見たら変なおじさんになっちゃうんだから無理でしょう。
ということで繁蔵がむかう。蘭平は気もそぞろで、行平に物を頼まれてもボヤーっとして聞いちゃいないので、頭に来た行平がうっかり刀を抜いたもんだから、奇病が出てしまう。
妄想を見て一人芝居して、行平の烏帽子や狩衣などを勝手に身につけ踊り出す。この様子が変なおじさん。「嫁入りじゃ嫁入りじゃ」と言ってみたり、松を見て「見物人じゃ」と言ってみたり。。。

しばし踊っている間、それを見つめる勘九郎様の顔を見てたんですけど、時折「哀れみ」の表情をするあたりが色っぽい…
これ、役どころが逆だったら笑わせてるんだろうな。何か、こっちが寒くなっちゃうような狂いっぷりは三津五郎蘭平の方がいいのかもしれん。
行平が刀をしまうと、蘭平は正気に戻る。許してもらって心配な繁蔵の後を追うことに。

やっと2人きりになったところの行平&松風おりくでしたが、今度は与茂作が斬りかかる。私はてっきり、自分の奥さんと今にもなんかしちゃいそうだからキレちゃったのかと思いましたよ。(笑)斬りかかり行平に交わされたところで繁蔵ちゃんが「逃走犯のクビとったでー」とカムバック。繁蔵は武士に取り立ててもらえ、大喜び。って彼はいったい何歳なんだい?おそらく10歳以下だと思うぞ。現代ならチャラけたバカヤングにすらなる前だ。すごいんだなー昔のヒト。
蘭平が与茂作の話を聞くところ、行平は父親の仇なのだと。しかし身に覚えのない行平様。出した答えは蘭平vs与茂作で勝負。
与茂作が刀を抜いても狂乱しない蘭平。なぜ?なぜなら与茂作の刀は天国(あまくに)の名剣。これは自分も持っていて、ってことは「与茂作君、君は生き別れた弟だったのかい?」という話になる。
蘭平「実は自分も父を死に追いやった行平に仇討ちするチャンスを狙ってて、こうやって奇病持ちの奴に変装して機会を待っていたんだよ。」と告白。
ンだら、一緒に敵討ちしましょーねーとお約束してその場を去るのでありました。

さて第2場。
本名を明かした蘭平が、大勢の捕手と大暴れ。ここです。見せ場はここです。
捕手の衣装が赤ハチマキ・白地に藍の柄の着物、その中が全部真っ赤っかという、ハデハデで、そんなのが29人でてくる。バクチュウありの人間ダンゴムシ5人越え(名称私オリジナル)、この捕り手たちゃあ、JAC(ジャパンアクションクラブ)かね?蘭平がタタンッ!と決めると、捕り手が仰向けに両足広げてひっくり返る。真っ赤なステテコ(っていわないんだと思いますけど)が美しい。はしごを持って組み、それを使った様々なアクション。

どの瞬間を切り抜いても絵になるのが歌舞伎の立ち回りだ。いつの間にか戦っているんじゃなくて正月あたりのめでたい祭り行事でも見物している気分だったね。
花道で宙返り、こっちがハラハラしてしまう。井戸の屋根に登って反り返る三津五郎、そしてそこから隣の灯籠の上にジャンプ!あんな衣装で良くも出来るものだ。(ちなみに三津五郎さんがトンボきるのではありません)
キダムでも見ているような「おおお〜〜〜」という客の声。それまでボンヤリ見ていた近くの中国人少女もここでは迷惑なほど身を乗り出して見ていました。雑伎団に誇りを持つ中国としては要チェックだったのか。
そしてひとしきり戦って、連中をうち負かしながら叫ぶ。
「繁蔵〜〜〜っ!どこじゃーー!」「テテはここにおるぞーーー」(テテ=パパ)泣けるじゃありませんか。一生懸命に息子を捜しているのです。心配しているのです。皆さん、泣くところです。

そして与茂作登場。
何という話でありましょうか。「ほんとは蘭平の弟なんかじゃないのですよー」って。
行平が松風を思い病に伏せっていた事も、全部策略。うそ。芝居。ひーー!
蘭平の正体を知るために全員でお芝居してたって、なんてこった。「実はだれだれ〜」という設定は歌舞伎には良くあるけど「だましたつもりがバレてて、自分がだまされてた」というややこしいどんでん返しは始めて見たぞ。
さっきの忠臣蔵では「真の大義とはなんぞや」みたいな男気語ってさー、不意打ちは卑怯なり〜っていうけどさー、こういうスタッフぐるみの嘘芝居ってのはありなのね。おとり捜査みたいなことなのね。ふうん。
だけど行平が勘九郎様なので、いいや。(笑)逆ならきっと怒っている私。スペシャル感情移入型ですから。北島マヤにも勝るとも劣らぬ入れ込みっぷりですから。
「さあ。蘭平に縄をかけなさい」と言われて出てきたのが愛息子・繁蔵。
トーちゃんをお縄に出来ずに泣く子供。。。
なんてコトさせるのさ行平様〜〜でも勘九郎様〜〜うわあ(泣&錯乱中)
蘭平は子供の出世のためだと、おとなしくお縄にかかる。

最後は蘭平も命を救われ、出家するということで折り合い。
みなさん、さようならと立ち去るのであった。

ふむ。なんだか可愛そうな蘭平さん。何のために物狂いを演じ、アホのふりしてきたのか、、、最初から怪しまれていたとわかった段階で、私ならめっちゃ、その部分を恥ずかしがるだろう。(笑)


お次の幕は仇ゆめ。よかった。おもろかった。
仇ゆめの筋書きはといいますとー、これはもっと単純。
あるところにタヌキがおりました。タヌキは深雪太夫という傾城に萌え萌えでした。
傾城(けいせい)って古語で調べると「絶世の美女」という意味らしいのですが、私はずっと花魁の別名だと思ってました。そのあたりも各自調査!

かたや深雪太夫は踊りのお師匠さんに萌え萌え。タヌキに好かれている事すら知りません。
そんなわけでタヌキは、そのお師匠さんに化けて太夫に会いに行き思いを遂げようと思うのでした。

タヌキは勘九郎様。カンクタヌキに惚れられるうらやましい深雪太夫は福助さん。
踊りの稽古が始まるんだけど、当然踊りなど出来ないタヌキはテキトーに舞います。
そして様子がおかしいのは深雪太夫に恋しちゃってるからなのよ〜と告白。

深雪太夫は、そりゃ大喜びですがな。ふたりで連れ舞いして、結婚の約束までしてさっそく準備に〜と去っていくタヌキ。ご想像つくと思いますが、こういう場面での勘九郎様は水を得た魚です。欽ちゃん劇場見ているみたいです。客席は大爆笑なんですが、ここまで脱線していいのでしょうか?と無駄な心配をしてみせる私。
そこへ本物のお師匠登場。(扇雀さん)
深雪はすっかりラブラブモードになっているわけですから、師匠にまとわりついて「さっきのつづきぃ〜」と色っぽく迫ります。しかし当然師匠は「???」。
踊りの稽古もまともに受けないので師匠は怒って帰ろうとします。
揚屋の亭主(染五郎)が「まあまあ、怒らないで」と登場し、稽古場の足跡を見て「タヌキの仕業」と判明します。
「あれってタヌキだったの・・・」とショーゲキを受ける深雪太夫。それを知らずにワクワクでタヌキ師匠が戻ってきまして、一同は「そんじゃタヌキをからかってやれ」と言う話しになりました。

「これはこれはお師匠様。座敷踊りの指南をしてくだされ。」と頼む本物&揚屋の亭主。タヌキは気をよくしてヒョウキンダンスを教えます。楽しい曲でした。唄のヒトも、お琴のばーちゃんも笑いこらえてました。
このテキトー舞いなんですがね、
「あんな
見事な適当舞いは見た事がない」とモリポン師匠も言っておりました。
単にめちゃくちゃ踊っているのではない。設定はでたらめなんだけどその時代だったらこの舞いになるんだろうという、テキトーの中にもリアリズムがしっかりある。現代ダンスでもない。日舞だけ学んでいても出来るものではない。色んな芸事の基本が自分のものになっている勘九郎様だからこそなのだ。あれが出来る役者は他にいないだろうと。ほんと、勘九郎様の手にかかるとかなわないね。吉本とかならあまり意識しないけど、ここは歌舞伎座。だからこそ笑えてしまうんだわ。「歌舞伎なのに・・・」という裏技見ちゃったような喜び。
一緒に踊り出したくなったもんね。化かすタヌキの神通力に私まで引っかかった気分でした。もっとも勘九郎様タヌキなら住まいが穴蔵だろうが幸せに…(←またしても激しい妄想)

深雪太夫も登場し、へんてこな連れ舞いを踊っているときに亭主が桑酒を持ってきます。タヌキは大の酒好き。そして所詮小動物。酒の匂いにつられては我に返り、つられては齧歯目(げっしもく)系の表情を見せ客を笑わせ…ついには尻尾をだしてしまう。
芝居上もリアルでも笑いをこらえる扇雀と染ちゃん。
「深雪太夫を輿入れするなら千両箱が必要だ」と言われて、さっそく探しに行きます。

あ〜〜なんてオバカで一途で可愛いタヌキさん。「千両箱はどこで買えるんだろー?」と街中を探し歩いちゃいます。可哀想やら可愛いやら、だきしめてチューしたいぞ!

染ちゃんは、捕り手と共に、千両箱を罠に仕掛けてタヌキを捕まえようとする。
千両箱にひもつけて引っ張るという、ものすごい荒技。
しかしタヌキもちょっとは頭が働くので「あやしい・・・」と気づく。ここでまたお笑いテイストいっぱいの捕り物劇がはじまり、ついにはタヌキ、捕らわれてボコボコにされます。
タヌキなので逮捕されないんですが、その分死ぬほどコテンパにされちゃいました。。。

一方、深雪太夫とお師匠。
深雪の思いを知った師匠には妻がいました。「ホントは深雪に心惹かれていたんだけど、妻もいる身で江戸に帰らないといけないもんだから、あえてつれない態度をとっていたのだよ。君の事は一生忘れないよ。」
ひょーー。おいしいところ取っていく男ね〜〜〜!
愛する人と一緒になれない心の寂しさ・・・半ば失恋状態…あーーつれない!私なら「愛人でいいですから!」「一回でいいですから、割り切りますから!」と泣きすがる。絶対。

そんな心に北風ピープーふいている時って、優しい男に絆されやすくなりますよね。
悲しみに暮れる深雪の所に、ボロぞうきんのようなタヌキが約束通り千両箱(箱だけ)を引きずってやってきます。

深雪は「千両箱を持ってきたならあなたは立派なお客様」とタヌキを優しく受け入れます。っていってもこの千両箱って箱だけの中身カラなんですよ。彼、意味わかってないもんで。
だけどその「空の千両箱」ってのも、泣かせるじゃないっすか。いい話じゃないっすか。もし師匠が江戸に帰らないで深雪と一緒になってたとしても彼女はタヌキを受け入れたと思う。思いたい。

タヌキは瀕死の状態だけど、幸せそう。
最後の力を振り絞って、深雪太夫と舞います。例のタヌキダンスですが。何度か気を失うタヌキの手を取り、「トントン」と合わせてタヌキをのせ、深雪も幸せそうに連れ舞います。
せつない。。。。
そしてついに、タヌキは息絶えます。深雪がタヌキを起こそうと、必死で手を取ってトントンしてやるも、もう死んでしまってします。タヌキは愛する深雪の胸に抱かれて死んでしまったのでした・・・

ぬぁーーーー(泣)たぬきさぁぁぁぁぁん!と叫ぶところでした。
でも、これまでの流れから、「勘九郎様が出てくるところは笑いどころ」と思ってる人がいたんじゃないかい?このラストの切ない場面でも笑い声がでていた。
どう感じようが自由だけどさ「おまいらには、感性がないのかーーー!」と思ったね。
それまでが滑稽なほど、この場面が悲しいじゃないか。「楽しくて、やがて切ない」ってのはこういう事だ。

私は今年の春に、愛する犬を亡くしたので(つらすぎてHPに書けなかった)余計に動物の死に弱い。
うちの犬は、私の事を「犬」だと思っていた。そして犬として愛されていた。
母は死んだ犬の両手を握って「トントン」って合わせて呼びかけていた。「ホントに死んじゃってるのかしら?」って泣きながら。その姿が重なっちゃうのだ。だから余計に悲しいのじゃあーー。
太夫〜〜っ!そのタヌキの亡骸は私に引き取らせてください〜。

このあと、夜の部で四谷怪談でしょ。8月歌舞伎のゴージャスな事。一日でいっぺんに見たら、色んな感情がどさどさ出てきてしまうだろう。そんで小屋出たらしばし無言だね。
時間があれば2部だけでも観る事をオススメ。幕見という便利なシステムもある。
あ、そうだ。幕見ってどういう事なのか説明するページ作る予定だったんだ。(そのうちやる)

------追記-----

この2部があまりに良かったので、しかも初日は3階西。花道がちゃんと見たくてもう一回行って来ました。今度は1階席でした。チケット譲ってくれた悠ちゃんサンクス。
27日に行って来たんだけど格段に良くなってた。空気に馴染んできた。間とかツボがわかってきたんでしょうか。笑わせどころと泣かせどころ、初日と全然違います。

初日より、おいおい泣けました。(仇ゆめ)
勘九郎様はどうしてタヌキの心がわかるんでしょうか? "人に恋した「人」"に見えないんですわ。人の形をしているので、「片思いが叶った男と女」に見えてもおかしくないのにそうじゃない。こんなにも健気でちょっとバカだけど一生懸命恋をし、死ぬ前に一目会いたいと思うタヌキ心!
韓国の純愛がなんぼのもんぢゃい!日本人はこっちぜよ!
切ない女心を演じる深雪太夫・福助、すばらしい!始めて「玉三郎で見たい」と思
わなかったです。
踊りの師匠と心交わした後、物憂げに後ろ髪引かれて他の客の部屋に向かう時の愁い・・隣のおばちゃんが身を乗り出して「福助うまい!」と小さな拍手してました。己の事のように誇らしかった。

勘九郎様はヒートアップ!とっつかまってもかまわんからビデオ撮っちゃおうかと思うほどのイカしたタヌキ舞い、見ていく度に好きになる。見ている一瞬一瞬がどんどん過去になっていくのが苦しくさえなる。
千秋楽にはどんな事になるんだろうかと思うともう一回行こうかとすら思うのである。幕見システムマンセー!

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歌舞伎/歌舞伎座8月公演/3部
東海道四谷怪談   // minnie
いや〜〜〜〜、まいった!
この思い、どうしてくれようか勘九郎様っ!有名演目だから当然のことなれども、あたしゃすっかり脳内革命だね。

中村座の噂と、来年勘三郎襲名で取りざたされる事の多い勘九郎様だけに、この「勘九郎としては最後の納涼歌舞伎」はえらい人気だった。1階席といわず、8月3部のチケットはあっという間に完売。ネットオークション見てみたら10倍も値が上がってるものもあり。ここでどんなに「いいよ」と誉め、筋書き書いたところで見に行けない事態ですまないが、別にこの先四谷怪談を一生やらないわけじゃなし、せめて行けなかった人はこれ読んで行った気になってくれたまえ。

仕掛けが有名で、提灯からニョロッと出てくるだとか、戸板返しの早変わりがすごいとか、そういうのもあったり前に感動的なんだけど、この芝居は勘九郎様の才能を見せ放題!
あんなことできるのは勘九郎様以外にいない。なんて恐ろしい男なんだ。人間じゃないぞきっと。
猛烈に興奮状態なので長くなるぞー。心して読むのじゃ。

東海道四谷怪談 筋書き
(配役はこちら)

塩冶の家臣"四谷左門"には、"お岩"、"お袖"という二人の美しい娘がおりまして、

お岩は"民谷伊右衛門"、お袖は"佐藤与茂七"と結婚しました。

ところが伊右衛門が塩冶家の公金を横領したことを知った左門は、妊娠中のお岩と伊右衛門を離縁させてしまいます。

その後、塩冶家が断絶になって一家は貧乏暮らし。

お袖には、佐藤与茂七という許婚がいるがお家騒動のゴタゴタ以来行方がわからず、

昼は楊枝屋で働き、夜になると按摩の宅悦がやっている売春宿で、おもんという名で客をとってます。ってな状況を踏まえて物語は始まるのでありんす。

お袖に、横恋慕した薬売りの直助がしつこく言い寄っておりましたが、お袖にその気は無し。
つれなくされると余計に強引に手に入れたくなるのが男なんですね。

お袖が夜は地獄宿に出ていると知り、買いに行っちゃう。
そしたら与茂七@夫が自分の妻とは知らずに「地獄宿のおもん」を買いに来ちゃう。
あってビックリ、「あれ!我が女房!」「あれ夫〜〜」
「こんな所で何してまんねん!」「オマエモナー」という事で再会してシッポリラブラブ。

直助としては、モノホンの夫登場に手も足も出ない。でも悔しい。
だったら与茂七を殺してしまうだ!って考えるわけです。そこまでして「惚れている」というよりは「プライドが許さない」って感じ、三津五郎さん、いい感じの鬼畜っぷり。

伊右衛門はといいますと元義理の父、左門にお岩との復縁を迫り、拒絶され、自分の犯した悪事の証拠をもっている左門を殺してしまいます。

一方、お袖に横恋慕する"直助権兵衛"は、お袖の夫"佐藤与茂七"と間違えて元主人の"奥田庄三郎"を殺してしまいます。塩治浪士で、今は乞食になった庄三郎は、道で与茂七に出会って高家討ち入りの手はずなど書いた廻文状を渡す際に用心として服装を入れ替えた、ってことなんですがね、直助は恋敵の与茂七の提灯を目当てに切りつけたんだがし殺したのは、与茂七と着物を取り替えた奥田庄三郎だったというわけ。このとき直助は死体の顔を滅多切り(切ってはグリグリする)しちゃったので当時では身元判別不可能ですな。

同じ場所でふたつの殺人事件発生〜〜

そこに父を探すお岩と、与茂七を追うお袖がやってくる。
両人の亡骸を見つけて嘆き悲しむお岩とお袖に、仇を取ってやると言いくるめ、伊右衛門はお岩と復縁、直助はお袖と仮の夫婦になる。このときお袖は、夫佐藤与茂七が殺されたと思い込んでいる訳です。

勘九郎様の女形って、いつもそうなんだけどね、始め見る時ってさほど「美人」に見えない。そりゃ福助さんの方が群を抜いて美しいし女らしいと思ってしまうんですが、そのアホンダラな勘違いは見るにつれて反省へと変わるんです。この人、その役柄の人そのものなんです。うまく化けているというのでもなく、演技がうまいなんてレベルじゃなく、勘九郎様の身体を借りてその役がそのまま舞台上で暮らしてしまうと見受けます。
だから所作にせい、すべてにおいてスキがなく、完全なお岩なのです。勘九郎様ロックオンで見ている私には何を取ってもお岩がやっている事以外のなにものでもない様子がたまらないんです。すでに鳥肌バリバリ。

それから日は経ち、四谷雑司ケ谷の伊右衛門宅で子供を産んだお岩は、産後の体が思わしくなく病に伏せています。病に冒されながらも子供を思う母。
父の仇討ちしてくれる事を信じてよりを戻し、子供を産んだけれど「この狭い家で子供を産むとは気の回らない」なんて言われ、日増しに冷たくなる伊右衛門に耐えてきた日々の苦労と切なる思いが、登場するだけの佇まいだけでわかっちゃう。存在だけでその期間を説明しちまう勘九郎お岩の素晴らしさ。
武士の娘である誇りを持ち、凛とした清楚な女性なのだと思えました。ただ現れただけでそんな事伝わってくる役者がこの世にいたでしょうか?

話変わって隣家の"伊藤喜兵衛"は、孫娘"お梅"が伊右衛門に惚れているのを見て、伊右衛門と孫のお梅を夫婦にしようと画策し、使いを出して、誕生祝いとして赤ん坊には小袖を、お岩には血の道の妙薬をくれる。この薬、お岩の病には効くという伊藤家秘伝のお薬だとかで。
するとそこへ、ソウキセイという民谷家の秘薬を盗んだ"小仏小平"が伊右衛門のところに連行されてくる。盗んだのには深いわけがあり、と必死で弁明する小平の話をろくに聞かずに「指を全部おっちまえ!」なんて言って押入にぶちこむ。

借金まで払ってくれた伊藤家さん。もらいっぱなしじゃ筋が通らぬと、見舞いのお礼に伊藤家に出かけた伊右衛門に、伊藤喜兵衛は大金を差し出し、孫のお梅の婿になってくれと迫る。

しかも、先刻届けさせた薬は、実は顔を崩れさせる毒薬であったことを白状する。

女房ある身と一旦は断る伊右衛門だが、高家に仕官できるのなら、それも悪くなかろうとその夜のうちに内祝いごとをすることに承諾した。

お岩は子供に小袖を着せ、あやしています。赤子っても、なんのかわいげもない人形で、あんなの部屋にあったら絶対恐いような心の入ってない人形なんだけど、勘九郎お岩があやし、話しかけると生きた赤子に見えてくる。これ、贔屓目に見過ぎなのかなぁ?「ああ、今赤ちゃんが笑ったんだ」ってわかるのよ。勘九郎様の表情で。

めまいを感じ、もらった薬を飲むのですが、この時にも恩を受けている伊藤家に心から感謝するんです。「足向けて寝られません」ってよく言うけど、そういう心情はこういう事なのね。
「一緒にお礼に行くべきなんだけど体調悪くて行かれません。でも心から感謝しています。」という気持ちで、そっちの方角に向かって何度も何度もお礼している。
哀れなほどに心優しいお岩なの。だからこそ、その後の裏切りと知り怨念に変わっても恐いと思わないの。

毒薬を飲むと、顔が醜く腫れ上がり、髪の毛がごっそり抜けて世にも恐ろしい形相になります。マジおっかないメイク(というか付け物つうか)なのですが、単純に「きゃー気持ち悪い〜」てなもんではございません。
ひたすら悲しいのです。

その後戻ってきた伊右衛門は、聞いていたとはいえ想像を絶するお岩の形相におったまげるも、「質草出せぃ」と怒鳴り迫り、岩は母の形見の櫛は死守したけど、他に出す物がないので自分の服を脱いで差し出します。身体冷やしたらいけない病気だっちゅうのに・・・私このあたりですでに涙腺オープンでした。

それでもたらんと言うわけで、赤ん坊の小袖&蚊帳をも持っていく。「蚊帳を持って行かれたらこの子が夜蚊に食われて可哀想だからそれだけは〜〜」ってすがっても、「お前が一晩中扇いでやればいいじゃん」って言うんです。伊右衛門の人でなし!鬼!悪魔!スカポンタン!
舞台に上がってカカト落としくらわしたくなりました。

伊右衛門はお岩を家から追い出す口実に、宅悦に金を渡しお岩に間男を仕掛けてくれと頼む。

不義密通(いわゆる不倫)となれば死を待たずとも離縁する事ができる、という計略であった。

仕方なくお岩を口説こうとした宅悦だったが、お岩は毅然と宅悦を跳ね返し、逆に一太刀浴びせる。

窮した宅悦はこれが伊右衛門の離縁策である事を吐露する。 愕然とするお岩。

そこまで嫌われたならとこちらからの離縁を決意し、伊藤家に乗り込んで話をつけるべく、身だしなみを整えようと、髪をといたら大量の抜け毛落ちる。その様子を見た宅悦が悲鳴を上げる。

際の際まで女であるお岩。歯を磨き、お歯黒をし、髪をすき、身支度するのですがこの間セリフがありません。
結構長い時間です。

時々子供を気にかけながら、毒薬と病で苦痛の中、力振り絞って身だしなみです。
彼の浮気に「あったまきた!」とスッピン&Tシャツ・スエット姿で討ち入りした過去のある私はグサグサと突き刺さる何かを感じました。
恐ろしい形相になったお岩なのに、美しく見えるんです。強く、かっこよく、いい女に見えるんです。

この時宅悦は岩に言われて子供を扇いでいるんですけどね、もしかしたら本当にこの女性を哀れに思い、そして口説いちゃっても不思議じゃないって思えたの。

芝居見た後、必ずMCEメンバーで勝手に打ち上げするんですけど、その時こんな意見が出てました。
「あの宅悦は良い人に見えた。もっと小賢しい小心者の卑しい男に見えるべきだ」と。
本来はそうなのでしょう。原作の宅悦はそうあるべきなんだと思う。
でもこの時のお岩が、あまりにも素敵だったから、宅悦はお岩の味方に変わってしまったのかもしれないって解釈でも充分OKなんじゃないのかしら?って。私はそう感じた。
そんな解釈じゃ無いんだと思うけれど、それほどまでにりりしい女であったのです。

私はこの場面が一番好き。私にとっての見せ場はこのシーン。これ、夏祭り〜でも似たような感想なんだけど、ビックリさせる早変わりや仕掛けならば同じ事を他の役者だって出来るだろう。
澤瀉屋だったらもっとゴージャスに演出するかも知れない。
だけど、あのお岩が無言で仕度するシーンは、勘九郎様以外出来るはずがない。
物まねすら不可能。

櫛に絡み、ずるりと抜け落ちる髪。目の上が腫れあがり、血を滲ませて醜く歪む。「行かない方が良い」と宅悦ともみ合ううち、はずみでお岩は、さっきもめた時に柱に刺さったままの小平(伊右衛門の雇い人)の刀で喉を切って死んでしまう。

そして伊藤家と伊右衛門を呪いながら息絶えます。
伊右衛門は秘薬を盗んだ"小仏小平"を殺し、この2人が出来ちゃった事にして二人の死体を戸板の表裏に釘で打ちつけて川に流します。
小平とお岩は勘九郎様がやっているので、この先に見事な早変わりで客を「あっ」と言わせるのです。

そこへ花嫁姿のお梅がやってきます。伊右衛門はお梅と祝言を挙げて床入りしますが、お梅の姿がお岩になり、驚いてクビをチョンパ!だけどやっぱりお梅ちゃん。お梅のじいさんの喜兵衛を見ると、今度は小平になってて、こっちもクビチョンパ!こっちもやっぱり喜兵衛さん!舞台に転がるふたつの生首・・・
おそろしやお岩の執念ってか!とビビる伊右衛門。

お梅の母で、喜兵衛の娘であるお弓は、おまきと共に乞食になっておりまして、自分の父伊藤喜兵衛と娘お梅を殺したのが民谷伊右衛門だと知って、恨んでおりやす。そしたら、伊右衛門に隠亡堀に蹴落とされて死にます。お梅の乳母"お槙"も鼠に隠亡堀に引き込まれて非業に死にます。

伊右衛門が釣りをしているとお岩・小平の死体が表裏に打ちつけられた戸板が流れて来て、引き上げるとお岩が伊右衛門に怨みを述べ、裏返すと小平が「薬を返せ」と叫びます。一旦戸板を川に戻してすぐ引き上げての戸板返し。
これ両人とも勘九郎様っすぞ。「おみごと!」ですぞ。
しかもその直後に与茂七が登場ですぞ!プリンセステンコーにたまげている場合じゃないですぞ。
人はホントに「あっ」と声に出して驚くもんですねぇ。

しかもこの与茂七、どえりゃ〜〜かっこいい!こんなかっこいいキャラだったんですかい?
そりゃもう、私はクラクラですわ。どうしても言いたい大向こう!でも「抱いて!」と叫びそうなのでジッと我慢の子であった。

与茂七は、小平の妻と共に仇討ちに来るんです。誰の仇討ち?小平の妻はわかるけど、与茂七?
そうです。お袖と直助は死んじゃうんですが、この場面は省略されたのです。
というわけで舞台番として染五郎があらわれて、この端折られた部分を語りに出てきました。
小平の妻役も福助なので、この解説がなければ一挙に混乱しちゃいますからね。
どういう事かつうと〜

お袖はお岩の死を知らされ、仇討ちの助力を期待してイヤなんだけど直助に身体を許します。

そこへ死んだと思ったダンナ、佐藤与茂七が現われまして、直助が殺したのは自分の主人であった庄三郎だったと知り、さらに、実はお袖とは実の兄妹であったことを知って、お袖の首を切ってから自殺します。
与茂七にとってお岩は義理の姉であります。
義理の父も殺された事になるわけです。

ちゅう場面。今回3部の公演にて、筋全部やっちゃったらオールナイト上演になっちゃうのでこの部分は染ちゃんの語りでザックリ補足とあいなりました。

しかし、目頭から鼻にかけてがツーンと痛くなっちまうほどのかっこいい与茂七、もっと見たかったのでこの場面やってほしかったなぁ〜。帰れなくなってもいいからやってほしかったなぁ〜、、、
勘九郎様の身体持たないだろうけどさ。

そして・・・

母親"お熊"の手で蛇山(へびやま)の庵室に逃れた伊右衛門ですが、お岩の亡霊に日夜苦しめられています。

ここからが、幽霊お岩の驚き演出ヒットパレード。
まずはお岩が(勘九郎様ではない)一階席にそ〜っと登場し、客席の人々を驚かせてくれます。
「うきゃー!」という声に、2、3階席の皆さんは「何事か」と落っこちそうになって身を乗り出していました。1等席の特典というのでなければ、2階や3階にも現れてやるべきだと思いました。
1階から消えたら2階にあらわれ・・・って。
客席のお岩にワーワー言っていたら舞台上にドロンとお岩。後ろ見たり前見たり、首一回転しましたがな。

提灯が燃え、(ホントの火)そこからニョ〜〜〜って出てくるわ、掛け軸の裏から出てくるわ、壁抜けするわ、屋根に消えるわ、どこまで勘九郎様で何がどうなっているのやら考えちゃいけませんな。
純粋にビックリしているのが一番の楽しみ方です。

伊右衛門の悪仲間長兵衛も、ネズミに襲われ(お岩さん、子年生まれつながり)すっ飛んでくるんですが
客席驚かしは段落ついたと気を抜いていたところに、「うわぁ〜〜っ!」って100ホンくらいの絶叫で爆走してきた!
こっちの方がビックリした。口から心臓半分出ました。亀蔵さん、声でかすぎます。

最後は与茂七とお花(小平が妻)が伊右衛門に敵討ちします!!!って場面で「本日ここまで!」って終わります。

アンコールの拍手鳴りやみませんでした。そしてスタンディングオベーションat歌舞伎座。
私も立ち上がってジャンプしてディズニーランドのパレードよろしく手などブンブン振ってました。
ただ、そういうみんなが、勘九郎様だけじゃなく、他の月の歌舞伎も見に来てくれるようになったら、「勘九郎が面白い」だけじゃなくて「歌舞伎っておもしろい」と思ってくれたら、もっともっと喜んでくれるんじゃないかな?と、願っている私はいったいナニサマじゃい。
本当に不思議と拍手する手を止める事が出来なかった。

勘九郎様をガッツリロックでもって、しかも余計な感情付きで見ているはずの私が、お岩の時だけは「勘九郎様」忘れてみていました。「この人は、ここにいるこの女性はお岩さんだ。」って。

夏ということでケーブル系で四谷怪談の映画などたくさんやってましたが、ほとんどは「執念深いお岩」だったり「恐いお化け」扱いで、伊右衛門の方が可哀想になっちゃうような印象があったのね。

だけど、勘九郎様のお岩は違ってた。橋之助も弥十郎も、どこか悪になりきれていない芝居だったのに、それでも納得の行く「うらめしや」なのね。
この人は、こんなに清楚で美しく、強い女だった、って良くわかった。
お岩さんのお墓参りに行きたくて仕方ないと、手を合わせて祈ってあげたいと、予想もしない感情がわき上がって、自分でも驚いている。

この歌舞伎は、最高のお岩様への供養だと思います。ブラボー!いいえ、ブラビッシーモ!

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21世紀歌舞伎組 歌舞劇 OKUNI(阿国)       // minnie
21世紀歌舞伎組の公演、OKUNIを世田谷パブリックシアターで見てまいった。去年京都でやったのの再演。
やっとこさ右近君に会える。勘九郎様熱で思いっきりメートルあがっちゃってた私としては、ここらで右近君見てハートを中和させないと「マジ危険なおばちゃん」になってしまいそうだったわけさ。「ぺ」を追いかけ回してる女を笑えない状況だ。だからスキップラララで見に行ったのだ。

21世紀歌舞伎組とは、澤瀉屋(おもだかや)の若い子たちによる演劇軍団。猿之助の門下生たちね。
スーパー歌舞伎しかり、歌舞伎座でやる演目とは違った演出の芝居で、演じられた阿国っていうのは1603年に京都四条河原で仲間と踊り、当時お囃子ベースの退屈な舞いに飽きていた民衆の指示を受け、そこから歌舞伎が生まれたというお話しである。
歌舞伎とは「傾く(かぶく)」という語源で、簡単に言えば奇抜な事をするダンスパフォーマンス集団だったのです。ガクトがいつぞや「僕のポリシーはカブク、ということかな・・」と言ってましたな。
女形が生まれたきっかけなども盛り込まれたストーリー。
歌舞伎ってのはそもそも堅苦しいものではなくて、大衆の癒しとなる娯楽だったのだという、演劇の原点とも言える奥の深そうなお話しなだけに、期待してました。

私は右近君はじめ、澤瀉屋贔屓です。応援しているのです。愛してすらいます。
でも、「あんたたち、もっとがんばらなあかん!」という感想におわりました。悲しい事です。

演出なのか、演技なのか、何に問題があるのか一日中悩んでしまいました。何故私が悩まなければならん。
ひじょ〜〜にシュールとしか言いようのない芝居じゃった。

まず、阿国演じる笑也くん、君は美しい。そして声がかわいい。始めてあなたを見た時は、まるでその昔テレビにニューハーフが登場し始めた頃に作りの良い子を見て「えーーー?女?」って興味津々で釘付けになった、あの時の様な心地だったものだ。君ってば淡々と、というよりも飄々と、いや「しれっとして」というべきか。
せっかく美人で声もキレイなのだから、もっと芝居してくれ。お人形さんのようでは飽きてくる。
ハンコで押したように涼しい笑顔で最初から最後まで貫くのは、ある意味すごい事かも知れない。こののっけからシュールな笑也の「おくに軍団ダンス」で幕は始まる。
正しくは、藤間紫センセ@猿之助の妻のモノローグで始まるんだが。

ダンスして民衆の声援をあび、人気絶頂のおくにちゃん。段治郎演じます山三と恋に落ち、更に舞いに色香が増すものの恋に落ち過ぎちゃって山三との間に子供が!そして舞い中につわりが!
しかし腹んだ子は流産におわり、山三も友人の妹である琴(春猿)に、大きな戦がやって来ると聞かされ、武士魂ゆえ阿国ほったらかしたまま行方知れず。

時が経ち、徳川支配の世の中。傾奇もの(かぶきもの)と呼ばれる連中が、派手で不思議な衣装で好き勝手にダンスパフォーマンスしておりまして、その代表格のくるす権三(ごんざ)率いる一派がダンス。
くるす権三が右近君でござりまする。
えっへへ〜。やっぱいい男っす。ズングリムックリと言われようが、私の中の何かが「きゅん」とするのさ。しかも右近君、日舞家元の長男だけあって踊りはうまい。落ち着いて見ていられる。腰のすわりも手のキレもクビの動かし方も見ていて安心するのだ。右近の舞いなら3時間でも見ていられるぞ。少なからず私は。

がしかし、歌舞伎役者たるもの、踊りがうまくてあたりまえ。この様に「安心して見ていられる」なんて感想ではいかんのだ。何がいかんって、つまりそう思うってことは他の踊りがいまいちだからじゃい。

このゴンザに出会った阿国。「かぶく」とはいかなることかを教えられる。そんで一目惚れ。
日に日にゴンザに惹かれて行くある日、徳川により「かぶき者一斉検挙命令」がでてしまう。お上に媚びずに自由に表現する事を訴えるゴンザには当然厳しい追っ手が回る。
逃げ込んだ先が阿国の一団のもと。阿国は役人の目をごまかすためにゴンザに女装させ、自分がゴンザの格好をして踊る。これが「女形のはじまり」なんだと。
えーー?右近が女形にぃ?とさすがの私も手に汗を握ったが顔を隠した状態での登場に一安心。(笑)かたや阿国@笑也は男装束。っても衣装だけでしたがね。

役人は阿国をゴンザだと思って取り囲むが、女と知って「ややこしいことすなー!」と撤退。
女が男に、男が女に、まさにこれぞ「かぶきもの」ってことで、阿国一座は「おくにかぶき」と名乗る事に。
てことは宝塚もかぶきもの、ってことになるのね。
そのころ、お琴さんは色々あったらしく遊女になっており、「遊女かぶき」という一座に入っておりました。つまり阿国のライバルとなったわけです。

この「いろいろあった」あたりが芝居上でも簡略。戦が原因でお家が崩壊したのであろう。そんでショックで口が利けなくなり、遊女に成り下がって、かつてバカにしていた河原のかぶき者に自らなった。という流れなんだけどさ、この中略の時にスクリーンの幕に文字投影して「3年後・・」とか出てくるのね、映画のような演出で嫌いではないんだけど何やら芝居のダイジェスト版でも見せられてる気分。
長い話を短い時間で表現するわけじゃない?その奥深さを表現すること、「中略感」を感じさせない様に、でもだれないように見せるってことが演出の技量なんじゃないかね?ちがうかね?

阿国かぶきと遊女かぶきは大阪城の淀の方(笑三郎)に呼び出されて踊りを競い合うんだけど、阿国は単なる踊るの大好きな少女だったわけで、まだ本当にかぶくとはどういう事なのか模索中であったのね。一方遊女かぶきの琴は「見せる踊り」が出来上がってたのですわ。その事を淀の方に指摘されるわけっす。
その後、阿国はゴンザの影響も受けてどんどん成長し、歌舞伎の原点であると後世名を残すまでになっていく。そういう阿国の脱皮っぷりがこの演目のテーマなんです。
テーマ自体、すごく良いと思うんですわ。だから脚本だな。本をもっと練って欲しかった。
単に「笑也きれーー」って見ているだけではアイドルのミュージカルと変わらんだろ。歴とした伝統文化に並んで欲しいのよ。二十一世紀歌舞伎組さん。

筋書きに戻るが、場面は戦火の大阪城。一時停戦を約束し、最後になるかも知れない夜に、阿国達に大阪城で舞って欲しいとの淀の方からのたっての願いで大阪へ。
そこにはゴンザもいて、阿国はゴンザの出生を聞く。私も驚いたんだが(笑)ゴンザはハーフだった!とーちゃんの名前はゴンザレス!ここで笑って良いのか、いけないのか。
真顔で「ゴンザレスの子供ゴンザ…」どうよ。普通の人なら腹叩いて笑うところじゃろ?

ゴンザは「自由に生きる事の大切さを貫く」って言うわけ。阿国もそれについていくわけ。そういえばかつて阿国といい仲だった山三も生きていて現れるんだったな。「阿国の恋人はオレなのじゃ!後に阿国の相手として名を残すのは山三なのじゃー」ってゴンザと戦って死にます。

いったい何なんでしょうか。山三の存在。阿国のストーリーを前もって深く知っているとか本など読んでいれば問題なくスルーしたのかもしれないんだけどさ、長い物語の一部分を切り抜いて演じるのは歌舞伎もそうなのであるが、歌舞伎を観る時のように「そういうもの」と納得して見る事ができなかったのよね。
これつまり、「深く作り込まれた長い芝居の中の一幕」と「長い話を短く作ってそれ以上のものではない芝居」の差だと思うのさ。ハショリ感が非常にある。軽く思える。

阿国は淀の方の息子をかくまうために、そいつを女の格好にして城を離れる。ゴンザは残って戦うと。阿国に「生きてかぶきを残していくのだ。代々それは受け継がれ、いつかまた、かぶき者として生まれ変わり出会おうぞ」のような事を言うわけっすね。
このあたり、現状の澤瀉屋ともリンクする「ちょっとした見所&いい話」になる場面だったと思う。なのにここにもインパクト足りない。この辺は藤山直美を見習って「ベタ」なほどこってりと「笑わせて泣かせて納得させて」という流れを踏んで欲しかった。

追っ手がゴンザを取り囲むと、ゴンザはゴンザレスより受け継いだ禁断の魔術でもって追っ手を交わす。天井から花火がゴーッと降り注ぎ、一同が「うわーー」ってなっている間に宙乗りで空中へ。ゴスペル歌う姉さんが突然現れて宙ぶらりんの右近君の微妙な「空中歩行」でさんたまり〜〜〜あ〜〜〜〜♪
たしかに幻想的なシーンであるが、感動には何かが足りない。説明不足だ。ゴンザはキリシタンである。そして神のご加護でもってこの様な事に?え?それでいいの?って私がバカなんだろうか?
阿国は生き延びて、ゴンザの意志を受け継ぎ素晴らしきかぶき者となって大衆の心を鷲づかみにするのであった。

私思ったんですがね、この芝居、歌舞伎と見るのか新作演劇と見るのか、そこら辺もあると思うんですわ。でも出ている連中はみんな歌舞伎役者でしょう?ってことは何であれ歌舞伎でしょ?
睨みもあればミエもある。そんじゃ大向こうだってあっていいでしょう。全員澤瀉屋だから名前でもいいじゃん。「右近っ!」とかさ、カツンと睨み決めたのに客席がシーンとしているってのは何ともしらけた雰囲気をかもし出す。間抜けになるのよね。
これ、芝居がいまいちだから大向こうも出ないのか、それとも21世紀の客は歌舞伎を観た事がないのか、ならば私が言えば良かったのだろうが空気が読めんかった。

今思うのは、たとえ場違いでもいいから役者が登場するたびに声をかけるべきだった。
それだけで舞台がしまったと思う。客も育て!って感じ。笑也可愛さも良くわかるけど誉め殺しはいかんぞ。21世紀ファンも役者と一丸となって会場を演出すべきだ。
サクラ仕込んででも、そうすべきじゃない?そして役者はもう少し演技を学ぶべきだわ。

役者家系の血を受け継いで来た御曹司ではない、普通の"歌舞伎役者になりたい青年"を集めた猿之助。スーパー歌舞伎を立ち上げ、邪道だの歌舞伎じゃない等言われながらも頑張って、ようやくスタイルを見つけてきた矢先の猿之助ぶっ倒れ。小さい頃から叩かれて芸事を身につけてきたわけじゃない門下生たちは、教わる時間もないまま、オモダカヤを引っ張らなくてはいけないのよね。興行も大事。でもその前にスキルでしょう。

今回は京都芸術の再演で、京都の時の方がもっと大きな舞台でゴスペルも多かったし宙乗りも派手だったし、世田谷パブリックの筒のような作りでは出し切れなかったかもしれません。
春猿がポリープ手術で声でなくなってしまったアクシデントで、急遽「口が利けない」脚本になったことも、西太后を控えてそっちの稽古の合間であるのもわかってます。わかってますけど学園祭じゃないんですから。

色んな芝居に出さしてもらって吸収して欲しい。
そういう意味では桜姫は良い経験だったと思うの。玉三郎のあにきに学ぶところ多かったでしょう。
笑也くん、ほんっと可愛いんだから、そこに演技力がつけば怖いものなどなくなる。

とはいえ、、、笑也のあのお人形みたいな佇まいをずっと見ているうちに「これでいいのかも」とも感じてきてしまった。こんなにダメ出ししちゃっているにもかかわらず、心に残ってる。
21世紀を見た女の子達が挙って笑也萌えになっちゃうのには理由があるはずだものね。

あのまま「私はキレイだから、きれいな表情のまま動かないの」って態度を固定するならそれもいいかも知れない。継続は力になるのかもしれん。
そんならなおさら、まわりがガンバらねーと。
お姫様「笑也」を支える、力強い軍団として存在するのも澤瀉屋のスタイルとして有りかも知れない。

私は彼らを心から支援する。だから次に公演があっても絶対行く。こうなったら見届けるぞ。
そしてその時は、たとえ「あれ?」と感じる芝居だろうが呼びかけるぞ。女の声じゃカッコつかないんだったらモリポン招待して言ってもらうからな。こっちも贔屓として共に力になるからな。

大好きなのは変わらないけど、ファンだからといって「なんでも素敵」たぁ言えません。
右近君、大変だろうけどしっかりね。ずっと応援してます。

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歌舞伎/平成中村座 夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)NY公演をBShiで観た話し
//minnie
紹介するまでも、感想言うのも恐れ多い平成中村座。コクーンでやってた時はすでにチケット取れず。
実際に見に行けたモリポンが、(立ち見もあったというのよ)なんでもっと必用に薦めてくれなかったものか!と他人のせいにして後悔。(笑)

NY公演してくれたおかげで、その内容を放映してくれる機会がうまれた。よかった。
先日7/25の朝、BSハイビジョンで生中継。これをDVDに落としてもらってやっとのことで観る事が出来た。
追って9/4BS2に続き、9/26にNHK教育で放映される。
ちょっとでも興味ある人は見て欲しいのでここでオススメする事にしてみる。BS-2なら自分ちに入って無くても誰かしらみられる環境にあるでしょ?絶対撮っておいてもらうべし。
テレビで見たのにこっちに書くべきかと悩み、「ぼやき」に書こうと思ったんだけど、ぼやいてないし、長くなるしさー。

NY側のスタッフの希望と、リンカーンセンターの「サマー・フェスティバル」参加ってことで、『夏祭浪花鑑』が選ばれたわけですが、日本最古の芝居小屋、中村座を建てること、世話物の通し狂言の公演は初めての試みだ。
勘九郎様はさぞやワクワクだったんだろうな〜。
祭りのシーンには多くの日系人俳優が参加するほか、中村座ではおなじみの五軒長屋風売店にゃあ浅草の職人のボランティアが参加したと。ボランティア!うむ。私だって何か頼まれたら実費で参加するよな。
次回、似顔絵描きとかで参加させてくれとプレゼンしてみようかいの〜。

NY公演、冒頭から英語のナレーションが入る。仕方ないんだけど気にくわん。ノリがいいのかなんかわからん調子のDJみてぇなしゃべり方。字幕電光掲示板流すとかイヤホンガイドでもなんでもしておとなしく「歌舞伎そのもの」に触れなせいな、異国の人よ。集中できへんやろが。

つうことで以下に筋書きなど、ご紹介させていただきます〜〜
堺の町のお鯛茶屋から始まる。国主の諸士頭の息子、磯之丞が遊女琴浦を身請けして居座って家に帰らない。琴浦は中村セブン@七之助。華奢な身体がはかない、母ちゃんそっくりです。
一方、同じ家中の大鳥佐賀右衛門はずーっと琴浦に横恋慕中。
そこへ磯之丞の母親というふれこみで現れたお梶。もと磯之丞のうちへ奉公していたが魚売りの団七(←勘九郎様)と深い仲となり、市松という子を産んでしまったのでお暇をだされ、団七と夫婦に。いーなーいーなー。
その団七さん、大鳥佐賀右衛門の仲間と喧嘩をして牢屋に入れられちまってました。

殿様が帰国するのを良い機会に磯之丞に家へ帰ってもらいたい玉島家と、夫を牢から出したいお梶の利害関係が一致して、ネゴシエーション成立。お梶は夫を牢からだしてもらう代わりに、磯之丞に家へ帰るようにと説得に来たのだが磯之丞は琴浦を残して家へかえるのがやなわけです。
すると乞食たちが4人ほどなだれこんでくる。その中の一人の若者が「遊郭で身を持ち崩した」と涙ながらに身の上話。それを聞いた磯之丞は急に家に帰る決心をする。単純なやっちゃ。
んだけど実はその乞食たちは、お梶が頼んで芝居をしてたわけですわい。

身の上話をした若者は備中国玉島の生まれの流れ者、一寸徳兵衛(橋之助=三田寛子のダンナ)。お梶は皆にギャラと着物を与える。
所変わって住吉大社。
磯之丞の父の力添えで、団七が釈放されるというので着替えを持って迎えにきたのが釣船の三婦(さぶ)。釈放された団七はヒゲも髪もなぜか眉毛もボーボー。そばの床屋へ入る。三婦さんシロハタ(ふんどし)だけ持ってくるのを忘れて己の赤フン脱いで団七の着替えに混入。(笑)
そこへ琴浦がやってくるが、待ち伏せしていた大鳥佐賀右衛門に連れ去られそうになる。
「そろそろ?」って空気!軽く予想のつく展開は「いよっ!」って言いたい気分にさせるね〜。床屋からいい男になって出てきたのが団七さん!さっきの眉毛ボーボーのままだったらどないしよう〜って心配してたんだが、この変身の効果のためにわざわざああしてたわけね。んで団七が大鳥佐賀右衛門をやっつける。
うっひゃー。勘九郎様ぁ〜〜!
すると佐賀右衛門の手先がうちかかってくる。その後ろ盾に一寸徳兵衛。団七と徳兵衛は激しく喧嘩。ダンスのような喧嘩。そこへ団七の女房お梶がやってきて止めに入るが、徳兵衛の顔を見てびっくり。
「あんた先日芝居をさせるために雇った人じゃん!」
話をきいてみると磯之丞の父に恩を受けている ことがわかり和解。団七と徳兵衛は互いの片袖を交換し義兄弟の契りを結び、協力して磯之丞のために尽くす事を約束しあうのでござんした。

一方こちら三婦の家。 今日は高津神社の夏祭り。団七達の口利きで道具屋に奉公した磯之丞はそこで人を一人殺してしまったんだと。んで三婦の家に琴浦と共にかくまわれていた。

そこへ徳兵衛の女房お辰登場!これがまた勘九郎様ー!女形です〜〜
一人で先に玉島へ帰ると挨拶にやってくる。三婦の女房おすぎは、いつ捕らえられるかわからない磯之丞をお辰に預かってもらえんものかと相談する。

ところが三婦は反対。お辰が美しいのでもし道中間違いがあったら、徳兵衛に申し訳がたたないというのだが、勘九郎様のお辰…それほど美しくは・・・(笑)(とツッコミながら観てたんですがね、後に反省。)
それを聞いたお辰は、そばにあった七輪から真っ赤に焼けた鉄弓を取り上げ、自分の頬にジューっと押し当てる。恩ある主筋の磯之丞の役に立てなくては義理がたたんと、自らの頬に傷をつけて、「これならいかが?」と。
歌舞伎観ていると思うんだけどこの時代の「義理立て」への心意気つうの?現代の日本にはあり得ないものよね。「なにもそこまでしなくてもきっと方法があるがなーーー」って真面目に突っ込んでしまった。
お辰の侠気に感心した三婦は、磯之丞をお辰に預けることにする。感心しとる場合かい!お前のせいじゃ!(笑)

お辰が磯之丞をつれて旅立つ時、三婦のかみさんに「そんな顔じゃ徳兵衛に嫌われちまうんでは?」と心配される。するとお辰はいうんですね〜。自分の頬のやけどをさして
「うちの人の好くのはここじゃない。ここでござんす」
と、胸をポンと叩いて笑って花道退場!んがーーーっかっこいい女!勘九郎うまい!ありがちなセリフでしょ?予想つきそうな設定でしょ?そうなんだけどまるで始めてその様な設定を観た感じよ。三婦が「あなたのような美しい人が、」っていうのに「そうかい?」なんて思っちゃった私のバカバカバカ!
私こそ人を心で見ないで顔で観る、大たわけ者よー!そして勘九郎様の芝居の腕!私、この話で好きなキャラクターはこれだと思う。もう一度みたいシーン、有名な後半のシーンも当然だろうけどこの場面大好き。

三婦が大鳥佐賀右衛門を懲らしめに出かけ三婦の家にはおすぎと琴浦だけが残される。
そこへやってきたのは団七の義理のとうちゃん、儀平次。つまりお舅さんね。こいつは金の事しか頭にないどーしようもないジジイ。こいつが籠を伴ってきて、団七からの頼みで琴浦を連れに来たと偽手紙を見せる。それを信用したおすぎは琴浦を儀平次に預けちまうのよ。実はこのジジイ、大鳥佐賀右衛門に琴浦を売ってカネもらうためなのにさ。私、すでにお茶の間のおばちゃん状態で「あ〜ダメだよ」と怒ってました。それほど夢中。

しばらくしてやって来た団七は、儀平次が嘘ついて琴浦を連れ去った事を知り、急いで後を追う。
籠に追いついた団七は、ジジイ説得。言う事聞くわけがない守銭奴のじーさん。あ〜〜イラつくジジイ!(笑)
言う事を聞かない舅をなだめるため落ちていた石ころを拾って、それを30両の金だと言ってこれをやるから言う事聞いて〜と言うと儀平次はコロッと態度を変えて籠を帰す。しかし金が石ころと知った儀平次は怒り爆発!(ま、気持ちわからんではない)これまたひどい罵りようで団七を責める。当然私は「あたいの勘九郎様になんてこと言うのさー!団七!お前さんのかわりに私がそいつぶっ殺したるでー」と大騒ぎインお茶の間。
しまいには、ジジイ、雪駄で団七の顔などなぶりまわした末、叩いて額を割る。

私が興奮のあまり部屋で立ち上がってサッカー観戦のように盛り上がってるには理由があんのよ。
勘九郎様なのよ。うまいのよ。もう、私なんぞが言う事じゃないんだけどさ、でも何度でも言うぞ。うまいの。千両役者!三国一の芝居人!舅にあきれはて、かなりムカつきながらも、我に返ってはなだめ、頭を下げ、それでもまたカチンと来て許せねぇ〜〜〜んだけど嫁の父〜〜っ!という葛藤がね、涙でてくるのよ。団七の人の良さとか、これまでの色んな苦労とかやんちゃしてきた過去とか、そういう舞台で見せていないふか〜〜〜い人生のスライドショーが私の脳みそにグイグイ入り込んでくるの。時代背景も、この話の詳しい事も知らない私がですよ?
これ、他の役者でも同じ思いで観られるんだろうか?たいてい、こういった言い合いの場面って(歌舞伎ってアクションが遅かったりするから)眠くなったり筋書き読み始めたりしちゃうんだけどそんな事してる場合ではなくなるの。
そしてもみ合っているうちに儀平次は団七の刀を抜きそれを取り返そうとしているうちに、誤って儀平次を切ってしまう。死なない程度の傷なんだけど儀平次は大げさに騒ぐわけ。「ころされるー!おやごろしー!」
親殺しは大罪。「人殺し」と叫ぶ儀平次に、団七はもはやこれまでととどめをさす。ここが有名な見せ場である本水使った場面。ドシャーンと泥沼にはまる儀平次。泥の中格闘する団七と儀平次。
ザンバラ頭になって、照明は紙燭と黒子手持ちのライト。団七赤フンドシ一丁に入れ墨姿。恐ろしくも美しい。対照的に儀平次は泥に染まってまるで幽霊。ロウソクがどんどん消えていって、手持ちライトがガツンと当たって勘九郎様の見得!悲惨なシーンのBGMは祭囃子!ああああ、これぞ「ザ・歌舞伎」!グレート歌舞伎!(←今思えばナイスなネーミング)

妖怪退治のようにジジイを殺しちゃったあと、我に帰った団七が後悔に苦しむ。
この悲しみ、やるせなさ。そんな体験も無い私なれど、なぜにこうまで気持ちがわかるのか。(泣)
「悪い人でも舅は親〜〜」うう。勘九郎様、悲しくて大向こうさえ声にでません。私が身代わりになりましょう!だから一回だけでいいから…(←大きく妄想中)
そして団七、祭りで踊り浮かれる人々にまじってその場を逃げ去る。
そのあと、徳兵衛が現場に落ちている雪駄を見つけ「は!もしや団七が!?」って気づくところでBShiの生放送は終わる。
ザックリこの先の筋書きを紹介しておくとだね、
あの事件以来、家へとじこもっている団七のところに徳兵衛がやってきて玉島へ帰るから一緒にいきましょーと誘う。
団七が断ると徳兵衛は殺しの現場で拾った団七の雪駄の片方を見せ、いざという時は身代わりになろうと申し出るがそんなの承諾する団七さんじゃありません。
帰ろうとする徳兵衛をお梶が着物がほころびているので繕ってあげると着物を脱がせる。徳兵衛は裸でお梶を口説き始める。怒って出てきた団七は、儀兄弟の契りを結んだ時に取り交わした袖を投げ返し、激しい喧嘩になる。
そこへやってきた三婦は団七に離縁状を書かせ、お梶と市松親子と徳兵衛を連れて団七の家を後にする。実は団七が儀平次を殺した事を三人とも知ってたわけで、身内殺人は極刑だから身内じゃなくなっちゃえば団七の罪が軽くなると、わざとしくんでお梶を離縁させたのだった。
だけんじょ、役人が団七の家をとりかこんでいた。歌舞伎の色んな手法をみせてくれます。徳兵衛は進んで捕縛の役をかって出る。そして屋根の上に逃げた団七を捕らえると見せて逃がしてやる。
そこから捕り物劇。

最後は追われ追われてああ、これまで・・・・という。

思えばあの道楽息子の磯之丞!ポケーーーっとしてからに!お前が元凶じゃい!
この前映画トロイをみてオーランドブルーム演じるスパルタに「そもそもあんたが悪いんじゃ」と、彼が好きなのにもかかわらず、むかついた事があるが、キャラに思い入れもない磯之丞なのだからなおのこと。
そんな事言ってたらストーリーになりません、って言われようとも腹が立つ。(笑)

後半の演出、すでに有名です。テレビで放映されちゃいました。何故見せるのか!
この演目、クレッシェンドです。どんどん盛り上がってイッちゃっておわり〜。みたいな。
どうぞ見ていない人は、なんとかしてBS-2の完全版をごらんあそばせ。
そしてBTで今更のように語りましょうぞ。

9/26 NHK教育
【劇場への招待〜平成中村座ニューヨーク公演「夏祭浪花鑑】
22:00〜24:40

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文楽/双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)
   花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)     国立劇場(小劇場) //minnie

今回は文楽。人形浄瑠璃です。世界無形遺産ですぞなもし〜。
とざいと〜ざい〜〜〜ですがな。本場の「東西東〜〜西」を始めて耳にしました。

「歌舞伎にそれほどハマッたなら、文楽もみときなさい。」という師匠が、何の伺いも立てずに(笑)私の分のチケットもおさえてくれていた。なので行かずばなるまい。

演目は双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)と花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)。

さて文楽。300年ほどの歴史がある人形劇だ。

平安からあった大道芸の人形芝居と、音楽に乗せた語り物のコラボレーション。

庶民の文化が花開く江戸時代初期、当時はハイカラだった三味線の調べと共に人形浄瑠璃は全国に広がりましてね、竹本義太夫&近松門左衛門という2人の天才がいた大阪が発祥といわれるようになった。

大阪を代表する人形浄瑠璃の芝居小屋の名前だった「文楽」が、人形浄瑠璃そのものを指す言葉となったそうです。

お勉強おわり。
こちらも見ておくとグーかもだ。
そりゃアンタ、行くまで不安でした。
歌舞伎にはもともと好みのダーリンが存在。歌舞伎の華麗さに加えてミーハー気分も味わえる贅沢三昧なひとときであるのに比べ、お人形さんが、浄瑠璃・義太夫をバックに動くだけとは、「これは絶対、前日頭痛がするほど良く睡眠をとっておかねば」と考えていました。しかし仕事がワラワラ降り注ぎ、
事もあろうに貫徹で向かえた文楽。

向かいましたは国立劇場。半蔵門のど真ん中。国会議事堂さんこんにちは。
このあたりの建物には、必ず門番が(笑)立っていなさる。石を投げれば役人に当たる、私にとって異次元空間!しかしこのエリアの出会いには将来性があるものばかり。それが愛人でもだ。
勘九郎歌舞伎に負けない化粧で挑んでくれよう。ぶぁっはっはっは。

途中数分、意識を失ったものの(汗)これはつまらないからではない。徹夜のせいだ。
文楽、すんげえ楽しい。見るところがいっぱいある。
カミテ側、客席にちょいとセリ出た所に、語りの大夫さんと三味線さんがいる。私の席は前から8番目だったが、2メートルくらいの距離にいた。

こんな事になっております。

いい男をいっぱい発見した。文楽もなかなかのイケメン巣窟だ!つばさ大夫〜〜〜〜♪
それに人間国宝、無形重要文化財保持者も見た。すごいおっちゃんのパレードだ。

この大夫さんの熱い語りや唄(唄とは言わないらしいがわかりやすく言うと歌う。)に合わせて人形が演技。
大夫さん見ているだけでも飽きない。
入ってくると台本(床本という)を天に掲げて祈る。自分の出番が終わると深く本に礼をして去る。
客にじゃない。本にだ。
厳かなる儀式を見させていただいている気分。
私自身までが清められ、心地良い緊張感で満たされる。
国のお宝の威力だ。株式会社歌舞伎との違いだ。

大夫さんがみている床本、墨で書いたグニャグニャの浄瑠璃文字じゃった!あんなの読んでる時点で尊敬!

これが床本!
英語より意味不明。
手前にあるのが見台。
これに本を乗せて読む。
じいさんに操られてるのに色っぽいんだな。

義太夫つうものは、熱いものなんだねぇ。
文楽のそれはソウルだよ。人形見る事しか興味の無かった私なのに釘付けになっちゃうの。
「うわ。この人すげー。」と。なんや理屈があるのでない。無視できないすっごい磁力なの。
ニューオリンズで教会のゴスペル見ちゃった時に感じるようなのと同じ。

腹から声を出す。腹声っていうんだが、
このでっかい声を高くしたり低くしたりして、男も女も爺さんも婆さんも、状況説明も展開も、情を込めて全部語るのよ〜〜〜。んで、この声を出すのには力がいる。体のバランス取るためにおなかにオトシという小豆や砂の入ったおもしを入れてそこに両手を置いて、さらに尻ひきという風呂場の椅子みたいなのにおケツを乗せてバランス取るんだと。
足がしびれないようにそれに座るんじゃなかったのね。

横で三味線弾いてる人が「フンッ!」とか「ウンッ!」とか言ってるのね、さほど大きい声じゃなく、近くにいたから聞こえただけの声。あれは何ぞやかと師匠に聞けば、大夫さんを盛り上げているんだって。
力が弱ってきたり、踏ん張りどころに来たりすると、「頑張れ!」って意味で言うんだって。
それ知って、思い返すとなんだか泣けてくるほど格好いいのだ。

でねっ、でねっ
一方
人形遣い!これがまたお見事なの。
人形に命を吹き込むとは良く聞くが、月並みな表現だけにあっさり聞いちゃうもんだけどね、それがどういう事なのか文楽を見ると一発で理解できるね。「あ、この事だ。」
小学生くらいの大きさの人形を3人で動かすのね。カシラと右手を動かす主遣い(おもづかい)・左手と小道具担当の左遣い・足を担当の足遣い。
足遣いさんは、中腰なのでかなり大変な労働です。女の人形には足がないので、着物のヒザの所にゲンコツ動かして表現してます。主遣いさんは、みんなより高い位置なため、舞台下駄という
高下駄はいてのお勤めです。この下駄は20センチのから50センチのまであるそうです。ひえーー。

これが船底みたいな舞台の中で行われる。3人の息が合っていないとタダの木と布で出来た人形にしか見えない。

さすが、足10年、左15年と言われるだけの事はある。
人形の分際で、人間より演技力がある。
「何?今の色気は!」と。
表情は変わらないのに泣くし怒るし悩むし笑うし…。
ちょっとゾゾケ立つ瞬間が何度もあった。

これもすべて人形遣いのなせる技。
いくら国宝級の人形でも私が動かしたらパペットマペットすら超える事が出来ないに決まっている。

そんなであるからして、もうどこ見たらいいかわかんなくなっちゃうのである。
大夫にいい男発見した私は、その段、人形をろくすっぽ見てませんでした。
そうなんだけど、人形遣いの神業。まさに三位一体!四半世紀修行しないとイッチョマエになれない世界。
いや〜ん!両目と脳みそ二つ必要ですーー。

客もいい味だ。歌舞伎よりもジジババ度高い。よって、「後見」に書いた猫ババァも多い。(笑)
文楽の筋書き600円。写真カードは80円!
しかも筋書きには別冊付録で床本(台本)がついてくる。こっちは浄瑠璃文字でなく普通の人間でも読める活字です。

そして見た演目のお話しはっつーと、以下の通り。双蝶々曲輪日記は全部で9段ある話のうちの抜粋5話。
花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)は人形一体で演じる「舞い」のようなもの。

双蝶々曲輪日記…筋書き
義理人情と親の愛がテーマであるが、なかなか
愉快な一族のお話だった。

堀江相撲場の段
人気力士の濡髪長五郎と、草相撲の放駒長吉の取り組みだー!とにぎわう角力場(すもうば)。
外題の「双蝶々」はこの2人の名前から「ふたりの長の字」ってえ事らしいが、そんなら「双長々」でいいじゃんか?「蝶々」なんてつけるから、てっきり私は
可愛い赤姫さまがお花畑で曲げワッパに入ったお弁当でも食べるシーンが出てくるんだと想像していた。
したっけ相撲取り…。むう。

素人相撲の長吉(目玉くりくり人形)が、湯のみを握力でつぶせる濡髪に勝てるわけもないのに、勝っちゃった。
それは濡髪が
わざと負けたからで、その背景には自分を贔屓にしてくれてる武士の「遊女吾妻(あづま)をめぐる身請け三角関係」に巻き込まれ、後押ししてやらねばならん、という事情。

濡髪の贔屓が与五郎さん。この先も与五郎は出てくるのだが、とっても
ワケワカラン君だ。それは後にわかる。こいつと吾妻は相思相愛。この2人に横恋慕しているのが平岡さん。
平岡さんはくりくり目・長吉を味方につけて吾妻を何とかしようと企てとる。

濡髪はわざと相撲に負けてやって、そんで「吾妻問題から手を引け」と言うわけですな。
人気力士に勝ったと思ってた長吉は、ショックです。
当然そんな話ならお断り!って濡髪に言います。濡髪、要領悪っ!
解決せず、この話はまたの機会にだ!ってことになりやす。

大宝町米屋の段
時は変わり、濡髪と決着をつける約束の日。
亡き父の後を継いで米屋を営んでいる長吉の姉おせき
悪い友達と縁の切れない暴れ者の弟を気に病んでます。喧嘩はやめれ、といっても毒づく長吉。
今日も弟長吉の友達がやってきて、酒飲んで大騒ぎ。決着の日だというに、おせきは同行衆の集会に行ってくるから留守番しとけと言い、でかけちゃう。

姉の言う事を聞かぬ悪いヤツなくせに、大事な決着の日に留守番してるあたりはちょっと可愛い長吉。(笑)
「濡髪ぶっ飛ばしてやるから呼んでこい!」ってことで悪仲間は呼びに行きます。
呼ばれた濡髪がやってきて、
米屋の中で大げんかが始まります。米粒ばらまきシーンあり。

そこへ姉おせきが、かつて長吉に喧嘩売られたみんなを連れてきます。連中は口々に喧嘩の際に財布盗まれたと文句を言っておる。しかし長吉は「喧嘩はしたけど財布とったりしてないよ〜」と反論。
しかし証拠の財布がタンスから見つかる。「うそーー!」と焦る長吉。
喧嘩している場合ではないので、濡髪戦は停止。

実はこれ、長吉を窮地に落として凹ませて説得して見ましょうという一同の芝居
話をしているうちに姉弟の愛に感じ入り濡髪も「無駄な喧嘩はいけないね」とさとす。
「おまえ、良い姉さんを持ってうらやましいよ。」と、5歳の時に養子に出され肉親の愛を知らない濡髪は言います。無実を証明すべく自害を考える長吉に、一同はネタばらし。「ドッキリでした〜」
長吉、びっくりするも「そこまで心配してくれてる姉」に絆され改心する。濡髪とも仲直り。
だまされたと知っても逆切れしないあたり、芯からのワルじゃなかったんですな。彼は。

難波裏喧嘩の段
そこへ吾妻と逃げた与五郎が平岡たちにつかまってひどい目に会っていると知らせが来る。
濡髪はいそいで彼らをレスキューに向かう。
長吉は「喧嘩はしない」と約束した直後なので行かない。(笑)

もめ事に首を突っ込んだわけですから、当然濡髪ももめ事の輪に加わります。
暗闇の中、連中を殺してしまいます。パニックになってるところに長吉が来て相談の末、与五郎と吾妻を長吉にたくして自分は逃げる事に。

かくして、
濡髪は指名手配です。
なんなんでしょう。そもそも与五郎と遊女の駆け落ちに、なんで相撲取りが翻弄されねばならんのでしょう?
濡髪がいいヤツなだけに、納得行きません。
歌舞伎にもあるが、情に厚い良いヤツの居るところ必ず、元凶のアホがいる。
このアホに限って最後まで不幸にもならずに生き延びたりする。
後味悪いぞ。おまいらヨーロッパ映画か!?

八幡里引窓の段
引窓とは、天井にある明かり取りの窓の事で、これを開け閉めし、明るくしたり暗くしたりするのが話の展開のきっかけになっていく。
このあたりから、色々人が増えてきて、名前も似てるので文章だけだと混乱してくるぞ。
なので簡単に書く。ほんとはもっと色々
事情の深い話だと言う事を念頭に置いておいてね。

お尋ね者の濡髪は、小さい頃に別れたきりの実の母の家に逃げてまいります。

濡髪の実母お幸は濡髪を養子に出した後に再婚して、そこに息子がおったわけです。
お幸は義理の息子、南与兵衛と 廓から身請けした妻お早とともに幸せにくらしておりました。
今日は与兵衛が奉行所に呼び出されて、
父南方十字兵衛の名前と、七ヶ村の郷代官という職を継ぐ嬉しい日。要は出世。
そこに濡髪が母にひそかに別れを告げにやってくるのです。そうとは知らず再会を喜んでご飯を作ってやろうとするお幸。

そこへ与兵衛が二人の侍、
濡髪が殺した平岡の親戚とともに帰ってきて、
濡髪捜索の相談。「この近くに逃げたと噂の濡髪をみんなでつかまえるぞ〜作戦」
与兵衛は夜の捜査係ということに。

それを漏れ聞いたお幸とお早は仰天する。
侍達が帰ったあとで、与兵衛は引窓からの明かりで、手水鉢の
水にうつった二階にいる濡髪を見つける。
えー?そんな簡単に気がつくものかい?月明かりで?と思ったりするが、もうそんなのは歌舞伎で慣れた。
「そう言う事だ。というならそうなんだ。」という見方する様になった私。成長した。

お早はあわてて
引き窓を閉める

濡髪を捕らえようとはやる与兵衛に、今度は
引き窓をあけて月明かりを入れ、「夜はまだっす」と言う。(笑)
大人が3人集まってんだから、引き窓開けなくても「夜だ」「昼だ」とわかるんじゃないかい?
でも私は成長したので突っこまない。

母も妻も変にあわてているので、とーぜん不審に思う与兵衛。
しかし濡髪が義母が昔別れた子供であることに思い至り、義母の気持ちを思って濡髪を捕らえるのをやめ、逃げ道をおしえてやり、出かけて行く。
濡髪は自首しようとするが、母の気持ちを汲んで思いとどまる。

母は濡髪の前髪をそって人相をかえてやるが、親譲りの
大きな頬のホクロだけは隠せない。
すると家の外から与兵衛が路用にと投げた金包みが濡髪の顔に当たってホクロがとれてしまう!えー!?

取れるっつうか、傷が出来て目立たなくなったんだと思う。
でも、傷が付くんじゃなくて綺麗な肌になってる。
このホクロ、黒く塗った画鋲なんですって。←実際の人形の話ね。

濡髪は「与兵衛への義理を忘れてはいけない」と母を説得する。
わが子可愛さに与兵衛への義理を忘れていたお幸は自分の身勝手さに気づき、
涙ながらに濡髪に引窓の紐で縄をかける。
しばられたので、濡髪の重さで
引窓が引っ張られて閉まる。

そこへ入ってきた与兵衛が縄を切り、こんどは
引窓が開いて月の光が差し込む。

「もう(月明かりなんだけど)になったので自分の役目は終わった」と温情をしめす与兵衛に、
感謝しながら濡髪は落ちのびてゆく。
演出次第ではコントになりそうな物語じゃ。

橋本の段
所変わって、駆け落ちしたアホ与五郎の「奥さん」の実家。
なぬ!奥さんがいたのかい?やっぱこいつは脳波おかしい。

吾妻との事は知っている妻お照。悲しい気持ちで実家におりました。
そこにやって来るカゴヤえっさっさ。カゴの中には与五郎と吾妻がギュウギュウ詰めになって入っていた。

なんと与五郎、愛人
吾妻をつれて奥さんの実家に現れ、行くところがないから匿ってくれって言うんですよー。
つくづく気色悪い男よねぇ〜〜。

それでも、自分の夫を一生懸命愛し、郭を逃げ出して来る勇気を買って
吾妻を預かるというお照
お照「でも与五郎、あんたはどっか消えて!」
与五郎「えーそんな殺生な〜」
吾妻「親切のふりしてそれって私へのいやがらせ?」
「答えてちょ〜だい」で再現されそうなひとときであります。

そこに
お照の父ちゃん登場。ちょっとややこしくなります。
さらに
与五郎の父ちゃんも登場。さらにややこしくなります。
しまいには、さっきのカゴヤのオヤジが
吾妻の父です。と名乗り出る。(プチ爆笑)

こうしてもめ事の輪が広がり、みんなでおおさわぎ。

なんか簡単に書いておりますが、面倒になったのではありません。書くとすげ〜長くなるのです。
そうでなくてもここまでかなり長いのに。

各父親たちは、それぞれ自分の
子を思う発言を主張し合うのです。
お照のパパは、うちの娘と与五郎を離婚させる!といい、与五郎のパパは嫁のお照を連れ帰るといい、この2人の父ちゃん同士が殺し合いのような喧嘩になり、それを止めに入ったのがカゴヤのおっさん。
「私実は、その遊女のパパです。娘を説得してみます」と参加。
吾妻だってこんな修羅場にとつぜん「小さい時に別れた父親」が現れてパニックになるでしょうよ。
「私は一番状況の悪い与五郎さんをおいて行けませぬ〜。ならば死にまする〜」

いやあ、こんな騒ぎは始めてみました。
文楽、相当はじけております。

そして、パパ軍団は喧嘩しているうちに「あら?これは愛?」と気がつき、
与五郎パパは突如スキンヘッドになって来て、照パパの「子を思ってくれる気持ち」に答えたと!
そしてなんかみんな「めでたしめでたし気分」の方向へ。

結局、与五郎パパは家宝の刀を売って、吾妻を身請けしてやり
お照が本妻、吾妻がメカケになる。ということで決着しました…。
それ、はじめと何が違うので……?

ね?おもろいでっしゃろ?

この話はまだ段があるので、この先どうなるかはわからんが、ここで見た所だけしか知らない私は「濡髪はどうなったんじゃい!」とか「おい、お照!そんなことで納得するのか?」とか言いたい事ウヨウヨ。

でもねぇ、気づくと人形だってすっかり忘れてるのよ。
人形遣いの人たちがいつのまにか透明になってるのよね。すごいわね。

そして
花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)

小野小町が100歳くらいに老いて、その老い行く自分の悲しさを演じます。
切実なテーマです。
私もそうでしたが、この劇場にはもっと身につまされる人々が大勢いましたことでしょう。
「立ち出で見れば逢坂の、関の清水に陰うつる、老いの姿の ああ、あああ、はずかしや」

もう一つが 鷺娘(さぎむすめ)
鷺の精が、雪の中、「春はまだかいな?もうすぐかいな、うきうきワクワク」と舞います。
すてき。
キレイ。人形だけじゃなく、舞台丸ごと夢のように美しい。
鷺娘を玉三郎が舞っているのを見た事があるが、玉様の場合は「玉様きれい〜。玉様かわいい〜」
こっちは、「なんだかわからないが、こ、こわい!」恐ろしいほどの世界観!

ジッと見ていると、そのまま人形の世界に引っ張り込まれそうな気がするの。
舞い散る雪と、透けた蛇の目ごしの鷺姫。
舞台には、言葉で表現できない綺麗なワープホールがうまれて、美しさに見とれていると、そのままさらわれてしまいそうな、、、

共に人間国宝の吉田文雀さまが人形遣いでござりまする。

これだ。この感覚が文楽にはまる所なのかも。
あの気持ちをもう一度味わいたいから、また見ようって思っているもん。今。

あ、そうそう、文楽行こうと思った人、始めて見るならイヤホンガイド借りると良いよ。
しない方がステージの音の臨場感は伝わるけど、解説付きの方が良くわかる。そして「必要ないな」と思ったら外せばいい。

こちら玉様の鷺娘。文楽の鷺娘画像がどこにもないので残念だけどこれより美しいって想像できる?
肖像権がうるさそうなので玉様の顔だけ絵にしましたが背景部分に写真はめたら絵に見えなくなった!

歌舞伎/歌舞伎座9月大歌舞伎/昼の部
高時(たかとき)・茶壺(ちゃつぼ)・一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)
・菊薫縁羽衣(きくかおるゆかりのはごろも)               //minnie
また行ってめいりやした。歌舞伎。今月は橋之助の三男が初舞台。
いわゆる「成駒屋ファミリー祭り」です。

今月の私個人の感想としましては、「福助グー!」ですな。
古風で妖艶でこの世の者ではない玉三郎に対し、可愛くておばちゃん入ってる、とても親近感のある女性。
女形の福助と飲みに行きたいです。異様だけど。

昼の部ひとつめは、
高時
筋書き〜
橋之助演じます高時さんは、幕府の実権をにぎる執権職で、犬が大好き!
お仕事もしないで田楽と闘犬にかまける日々。

幕が開くと、そこには着ぐるみの犬がおります。笑い声チラホラ。
今田コージのコントみたいです。顔は出てないですけど。この犬の名前は雲竜!ブチ犬。
犬はカゴに乗っております。
お付きの人々は「なんで犬のお付きせねばならんのじゃい」とぼやいていました。

この雲竜がある浪人の母親に噛みつきました。んで、息子は雲竜を殺してしまいました。

て〜へんだ!高時様のお犬様を殺しちゃったヤツはどうしましょう!?
高時は「親子共に死刑じゃ!」と。

そこに陸奥守(むつのかみ)貞直さんがやって来て、「犬を殺したからって、人の命を絶つのはどーか?」と命乞いをしまする。貞直は片岡愛之助。
にやけた表情が甘くニヒルな人気絶頂若手役者です。愛之助が出てきたとたんに、客席の若い女性が姿勢正して一斉に双眼鏡覗いていました。
「うわ。こんなにたくさんギャルがきていたんだ?」と驚くほどでした。
高時のメカケ、衣笠を演じる孝太郎とともに、好演でしたぞ。松嶋屋!!

高時は「うん、それはそうだね、んじゃこの次からそうする〜。でも今日は死刑〜。」と言うんですな。
弥十郎さん演じます秋田入道も参加して「死刑なんて行き過ぎですがな。」の説得大会。
「今日は2代の(二代目執権)命日なワケだし、そんな日に殺生はやめませんか?」との声に思いとどまる高時なのであった。

酔っぱらって良い気分でいるところに雷が鳴り響きます。
なんて荒唐無稽なお話しでありましょうか。そこに天狗がたくさんやってくるのです〜〜〜。
ピンクとブルーの服着たカラス天狗〜!

高時は天狗軍団を「田楽の師匠」と思いこみ、新曲を伝授してあげるという言葉につられて一緒に舞い踊ります。踊っているうちに翻弄されまくります。
高時が疲れてぶっ倒れても、輪になって囲んで踊り続ける天狗。…こわい。

物音を聞いて駆けつけた衣笠と入道。天狗は蜘蛛の子を散らしたように去っていき、起こされた高時は事情を2人から聞きます。まわりにはたくさんの天狗の足跡。
「あ!もしかして僕、天狗にバカにされてた?」と気づき、空を見上げるとカラス天狗達の笑い声が響いて聞こえてきました〜〜〜。幕〜〜〜〜。

って、おい。(笑)なんってこった!この物語をシュールと言わずに何をそう言おうや。
これを21世紀歌舞伎が演じたらダリもルイス・ブニュエルもかなわないぞ。

驚いているうちに幕間となり、かぶきそばでお昼ごはん。
かぶきそばで出されるお茶は、そば茶。そば屋なのに天重たべました。

ふたつめ、
茶壺
狂言舞踏です。三津五郎一家のお家芸なり。
三津五郎さんはおじいちゃんの振り付けた演目を踊るのです。
これはわかりやす〜〜〜〜い、愉快なお話でして三津五郎さんのバランスの取れた舞いと笑かしが素敵。
勘九郎様も出来そうな役だけど、三津五郎がやった方が上品。きっと。

お茶好きの主人のお使いで、茶を仕入れて帰る途中の麻胡六(翫雀)は、酒に酔ってまっすぐ歩けないので、道ばたでひと眠りしているところへ悪者熊鷹(三津五郎)がやってきて、その茶壺、中身が何だかわからないのに盗んじゃおうとします。

麻胡六が気づいて「返せ」というと「これは自分のだい」と言い放つ。
持ち主に嘘ついてどうなる物でもないと思われるが・・・。
こじれているところに、目代某(秀調)があらわれ、ジャッジすることに。

麻胡六が「なかみは茶です」といえば、真似して「なかみは茶です」という熊鷹。
何を聞いても麻胡六のオウム返し。
ふたりに茶について語らせるも、聞き耳を立てて同じ事を言うのでジャッジできない目代某。

「内緒話で聞けばいい」ということにしばら〜く経ってから気づいてしまった目代の作戦により足が出た熊鷹でしたが、偽物とばれてもなお、茶壺を持って逃げ出します。
あわてて追いかける目代と麻胡六でした〜。という話。

ワーナーあたりのカートゥーン状態。
この筋書きを狂言でやる。松葉目の舞台に羽織袴の唄に三味線、笛、太鼓。
三津五郎さん、泥棒の典型的なメイクで、思いっきりアホ面して踊ってました。舞踏の名手ですな。歌舞伎の上質さを損なわない、非常に程良い加減のアホっぷり。
この手の舞踏なら、初心者でもグイグイ見られちゃうでしょう。


3幕目は
一本刀土俵入
作家は長谷川伸さんという、勘九郎様の本名の名付け親。
瞼の母など、「人情・泣かせ」の芝居作家。先日歌舞伎チャンネルで瞼の母を見ましたが、勘九郎様が出ていなかったら一生「見よう」なんて思わない芝居ですわよ。

相撲の筋がない、と破門された駒形茂兵衛(勘九郎)が、もう一回入門のチャンスをもらおうと江戸に向かう途中、一文無しではらぺこでフラフラでやってきて、茶屋旅籠の前までやってくる。
そこで喧嘩に巻き込まれて、筋合いのない恨みまで買う。
茶屋の2階の窓から様子を見ていたお蔦が、話を聞いて持っていた有り金全部と、自分の櫛、かんざしを窓から渡す。
「立派な横綱になってねー!」と。
ここのお蔦(福助)が好き。情にあつい女なのだろうけれど、決して茂兵衛に心から同情し涙して持ち金を渡したのではないと思ったの。

酔っぱらっていい気分だったのよね。気も大きくなってさ、喧嘩に巻き込まれて、それでも相撲取りなのだから力はそこらのチンピラよりはあるわけで、頭突きくらわして勝つんだけど、その後ぶっ倒れちゃう。
純粋でやや天然の入ったこの青年を「おもしろいやつ」って思って、そんで声をかけたのだと思うのよ。

からかい半分で声かけて軽い気持ちと酔いも手伝って、姉さん気分で「もっていきな〜」って。

そうではあるけれど、涙流して感謝する茂兵衛に次第に「マジで頑張れよ!」ってエールを送る心になったのだろうと思うの。この解釈が正しいかどうかはわからないが、福助はそんなカラッとしたいい女を上手に演じていた。
「やだ、あんた泣いてるのかい?」と笑いながらも優しく見下ろす表情。
感謝の気持ちをベッタリ受け止めず、「こんな所人に見られたらみっともないじゃないか、早く受け取りな!」と急かすあたりも格好いい女。
ほら、勘九郎様ってさ、「感謝しておりまする〜〜」って部類の演技は最高級じゃない?
これに対して、ちょっとイライラげな言い回しで「早くお取りよ。」「いいからさっさと!」って言う芝居がリアルで良かったのよね。私には。同情心の偽善にも見えがちな流れになりそうなシーンをさわやかにしている。

この恩を忘れない茂兵衛、10年経って横綱にはなれなかったけど、想い出の地に立ち寄ってお蔦を思い出し、
人づてに家までたどり着いたのだが、お蔦はとっくに死んだものだと思っている亭主の辰三郎との間に産まれた娘と一緒に暮らしており、そこにダンナが帰ってくるのよ。
金を作ろうとイカサマばくちして、ヤクザに追われている状態で逃げ込んできたのね。再会に喜ぶ暇もなく
「とっととここを逃げ出さねば!」と言っているところに茂兵衛が来るわけ。

お蔦は茂兵衛を思い出せない。
いくらお礼を言われても「はて?誰だったかしら?」と。

ここにヤクザ連中が乱入。茂兵衛はそいつらを頭突き&突っ張りで一網打尽に外へ追いやる。
これを見て思い出すお蔦。
「あ〜〜〜っ!おもいだした〜〜〜〜〜〜っ!!!!」この絶叫して思い出す様も福助ならでは。
客の笑いも取るが、「いやぁ、ホントならこんな風に言うだろう」と腕組みして感心しちまったい。

茂兵衛、外に出した連中をあっという間にぶっとばし、「こいつらが伸びている間に逃げなさい」と。
話したい事が山ほどあって心残りなお蔦一家。
「良いから早くお逃げなさい」
「ありがとう、ありがとう」「達者で暮らせよ〜〜〜〜」

10年前の立場逆転です。
すがすがしく、一家が見えなくなるまで「たっしゃでなー」と見送る茂兵衛。
自分が助けてあげたのに、遠くを見る目は「ありがとう」
勘九郎様、ほんとにウルウルしてました。
重ね重ね、勘九郎様の「ありがたや芝居」はこの人個人の十八番ですな。
もっとたくさん芝居を見たら、いつか「勘九郎様"ありがたや芝居"ベスト」つくろう。今のところ第1位はお岩さま。

茶屋のシーンでは洗い髪と言って、結わずにストレートロングにした状態の小山三さんが登場しました。
MCE連中で根強い人気の小山三姉さん。今回かわいかったな〜〜〜〜〜。
あんなおばちゃん、浅草あたりの粋な街道でふつーに存在する。
歌舞伎座のプロマイド売り場でも、小山三さんのプロマイド売り切れてたもんな。

「あったかくていい人」役の勘九郎様よりも、ちぃとワルな粋な兄さんっぽい方が好物の私としては興奮に欠ける演目ではありましたが、これは好みだけの問題なのである。。。
一本刀は、福助良かった!という感想の方が強い印象だった。

最後は
菊薫縁羽衣(きくかおるゆかりのはごろも)
羽衣会という中村一門の会の名前から、橋之助三男、宜生(よしお)君の初舞台のために作られた作品。
なので筋書きはたいしてございません。

天界の月宮殿の庭園で行われる菊の花の品評会、っていうんでしょうかね、「菊あわせの宴」の日。
天帝のもと、天女や四神の白虎や青龍やらが天帝の長寿を祝いますなり〜〜〜。という流れ。

橋之助ファミリーが順番に出てきてひと舞い披露し、最後に口上。「紹介&ご贔屓にね」という事よ。
天帝・芝翫じいさんが孫の天女・天人役、児太郎(福助の子)国生、宗生(橋之助の子)を引き連れ登場。
うれしそーでしたよ。
一幕目に愛之助登場で、お姉さん方が一斉に双眼鏡かかえたのと同様、一斉に会場のおばちゃん達が双眼鏡ロックオンしとりました。そりゃもう、自分の孫でも出ているかのような目の細めっぷりで。
「中村宜生さん」と名の書かれたお祝い幕にはオモチャなどの絵がいっぱい描かれてて、その幕がひかれただけで、みなさんニコニコしてましたから。

「頑固じいさん孫3人」のあとは、芝翫の長男、福助の青龍(ビューテホー!)と娘婿の勘九郎様@白虎の登場。
白塗りの勘九郎様はすてきだわ。
そもそも勘九郎白虎が9月歌舞伎の目的だったからの〜。
浮世離れしていようが、素敵に見えちゃうんだから仕方あるまい。

おつぎは甥っ子にあたりますセブン登場!(あ、七之助君のことです)朱雀です。
一本刀では、くさなぎ君かと思う様な男役でしたが、彼は女形の方が好きです。可憐な役どころが仁に合ってます。

そして最後に登場、橋之助に抱かれた宜生君。
2歳なので何も出来なくて当然ですが、本当に何もしません。
芝翫じいさんの側によって行く所でトトトト、と歩きましたが「あ、言う事聞いた」というつぶやきが客席からも聞こえてきました。はははは。
子供は何をしても「可愛いから」許されるんですなぁ。
一挙一動、ウケを取る。勘九郎様すら、子供と動物にはかなわないのだろう。

口上で「中村宜生です。」って言わねばならんのだが、もちろん言いません。(笑)
言わない方にオッズも安値を付けているので、橋之助もちょいの間とって「と、いうわけで」と無口なスーパースターを「演出」として処理。(笑)
彼、今月に一度でも自己紹介言った日はあったのでしょうか?

いつか十数年経ち、この子達がいっぱしの役者として現れた時、その頃すでにババアになっている私は感無量で「大きくなったわねぇ〜〜」と成長っぷりに拍手するんだろうと思うと悲しくもある。

先月の歌舞伎で隣のばあさんが勘九郎様見て「まー、勘九郎ちゃん立派になって〜」と話してました。
勘九郎様の桃太郎(初舞台)を見た方のようです。
そんな風になるのでしょうなぁ。万感の思い・・・・。

なんとなくお目出度い気分になって帰ってきた9月の歌舞伎でした。

おっと!歌舞伎チャンネルで四谷怪談だ!真剣に見るので本日ここまで。
リーディング・ドラマ 優雅な秘密 /草月ホール 

                         出演:市川右近 市川春猿 //minnie
右近君が出るから、というのだけが理由で見に行った朗読劇。
プロデュース&脚本が売野雅勇。売野といえば、私たちには中森明菜やチェッカーズ、最近ではスマップかな。とにかく有名なセレブ作詞家である。
演出は右近君であった。なかなかコジャレて仕上げている。悲しい結果だったOKUNIでうっすら見えた「ほんとはこうしたかったのね?」という部分も重なり、彼の趣味が垣間見えた気がした。
おそらく右近の部屋は、無彩色、主に黒でコーディネートされた都会派っぽい部屋に違いない。クールなインテリアとポイントのようにローズウッドの家具など配置しているに違いない。ヒャー!

勝手にニヤニヤしながら、久しぶりの歌舞伎メイクじゃない「なまうこん」(身体に良さそうだ)を目撃。
以前ミッシングピースで好評を得た連中の再結成。
今回はサン・テグジュペリの星の王子様がらみで輪廻転生を思わせる恋人達の短いストーリーがすすみ、それはひとつの世界の中で起こった不思議な物語・・・という、説明すると抽象的になってしまうタイプの芝居。
ミッシングピースでしょ?星の王子でしょ?こういうのがスキ!って人は多いよね。
可愛い話の中にある倫理や哲学。抽象的な表現にリンクする自分の想いに心の洗濯。子供向けのようで大人が感動する物語。
このあたりを扱うのは、「いかにも!」って感じでヘタな演出家が触ると自己満足で終わるケースが多いんだけど、この優雅な秘密はいやらしくなくて良かったねぇ。意外だった。

第二次世界大戦のおり、テグジュペリは偵察部隊のパイロットでして、最後の出撃でドイツの戦闘機に打たれて死んでしまうんですが、このドイツの戦闘機と並んで南フランスの地中海の上を撃墜される前日まで飛んでいたらしい。
ドイツとしては有名人のテグジュペリを撃墜すれば大きな宣伝になる。
でもドイツ軍の中にも彼のファンがいて、テグジュペリの飛行機を見つけて交信してくることもあった。
それで仲良くなっちゃって、並んで飛んでマスクを外して顔を見合わせたりしていた。
テグジュペリが狙われているとわかり、「逃げて!」と交信するんだけど、彼の飛行機は上昇できないで、結局撃ち落とされてしまったと、これは実話なんだそうで、
そういったストーリーと
ソビエトが打ち上げたロケットスプートニクにライカ犬が実験として乗っていて、孤独に何十日も軌道を回った末、大気圏に入る時に爆発してしまった実話。

これらが大軸になっております。
孤独に空を、宇宙を飛んだ犬と作家。そしてそれらの声が聞ける不思議な少女。
その少女とかつて恋人だった44歳の男。
少年時代の自分に声をかけられ、回想シーンのような少女とのエピソードから、それはリアルな現実と知る。
一方、隣のマンションを双眼鏡でのぞき見するカップル。
また一方でクリスマスに広尾をドライブしながら、いい暮らしの人々に憧れているカップル。
そのひとつひとつのお話しが、のちに全て同じ「宙を飛ぶウォッカボトルプラネット」の友であると。

カップルの女役が春猿。こいつは本物の「あっち」だったのか?と思うリアルな女。
「こんな姉さん、普通におります」状態。
一緒に行った春猿好きの友人は衝撃すら受けていた。
「ぺ」様よろしくグロスヌラヌラ塗り、普通の女の人化粧。キラキラのピアスに指輪にブレスレット。
ピカピカに仕上げてキレイに伸ばしたネイル…。演出だったのか「素」だったのか、果ては右近の趣味なのか!?
彼氏よりも精神年齢の上な、落ち着いた綺麗なお姉さん、って感じが朗読で伝わってきます。
これが笑也だったらと思うと汗がでる。
もともと売野さんが春猿をみて「星の王子様」をイメージした事から始まった話なのだそうだが。

男役は右近君。
ちょっくら垢抜けないけどかっこつけなセリフが、関西弁の彼にはさぞや寒かったのではなかろうか?
時々イントネーションがおかしくなってたけど、自然な芝居で上手だなと思った。
広尾ドライブカップル編で、いい暮らしたいよね、と会話するシーンで右近が「でも、オレがいるからいっか?」って照れて言うんだけど、思わずうなずいた恥ずかしい私。
右近君の口から「セックス」とか「さっきしたのに」とか出るたびに、売野先生に感謝しました。(笑)
途中から、右近君の声が、世話になっている会社の社長の声と酷似している事に気がつき、一生懸命振り払いながら耳
を傾けておりました。
前から8番目で、段差があってまっつぐ右近君の目の前。おまけに前のおばちゃんが座高が低いもんだからよく見えて、しかも双眼鏡な私。ああこの双眼鏡にデジカメ機能があったら・・と思うほどセクシーな表情でした。

んで、オムニバス的になってるので、1章終わると現れる男。テグジュペリの話(右近&春猿はカップルの物語)を語りにプロローグから登場するんだけど、この男がいい男。
わたしゃ、一瞬、海老蔵が現れたのかと思った(そんなはずなし)その人、朗読もうまくて身体もイケてて面もよくってちょっとドキドキしたんだけどさ、誰だったんだろう?
チラシにもWEBにもどこにも情報がない!
チラシのCASTには右近と春猿しかでてないし、、、照明や音効がでたとも考えられん。
あなたは誰だったの〜〜〜〜〜?誰か教えて。

自称ドヴォルザークの生まれ変わり、千住明の音楽もとても良かった。
舞台上で本を読むだけの芝居なんだけど、ちっとも飽きなかったぞ。
セリフが詩的なので、歌を聴くようだったからかもしれない。
詩的であり、情景や「色」の演出は客の脳みその中で組み立てさせる作りなのでこうして文面で筋書きを書けるような話ではないのだ。
だけど誰だか知らない海老蔵兄さんの語り、すっかり雲の白と青い空と、風を感じてしまったもんなぁ。
紅のブタで見たような景色が鮮明に想像されて、行った気になれたもんなぁ…すごいよなぁ。

来年の8月にまた別な演目やるそうです。右近君は出るけど春猿君はでない。ヤマトタケルもやるってね。行くのかなぁ?わたし。。。

優雅な秘密のおふたりさん。右が右近くん。何故この男が好きか。自分でもわからん。
画像載せて問題あったら注意してください。撤去します。<関係者の方

10/11 眠りオルゴール  /唐組・第34回好演

西新宿原っぱ        //minnie
唐組です。唐十郎様です。
やぁ〜っぱり予測通り、史上最高に可愛いおっちゃんです。
私がマルシアなら、この義父がいるだけで離婚しません。すてき。

所は西新宿、ヒルトンの隣にあるグリーンタワービルの横道を進むと、こんな所に住宅地!っていう西新宿とは思えないエリアがあります。まるで「立ち退かない人々」が集まって暮らしているような一帯(近所の方々変な例えでごめんなさい)に、「そのうち何か建つんであろう空き地」がある。
まさに原っぱ。虫がいっぱい。
はじめチケットを見たら本当に「西新宿原っぱ」とだけ書いてあって、一体どこに行けば良いやら見当がつかず、師匠に聞くも要領を得ず。(笑)
チラシにある地図はおおざっぱなのであるが、まあ、その辺をウロウロすれば見つかるだろうと思っていた。そして唐組の公認ファンサイト掲示板に何気なく「行きゃわかりますかね?」って書き込んだら、なんと親切にも翌日に地図をアップしてくれていた。しかも赤い線で行く道をたどってくれているではないか。

唐組というのは、お客さん一体型のあたたか〜い世界であるのは聞いていたが、こんなに親切に対応してくれるとはありがたくて勘九郎様のお岩なみにゴシゴシ両手を合わせ拝んで感謝した。
その空き地に、これまた雰囲気満点のあの
紅テントがある。この「ほったてた」感じがまた感動的。
左から、トイレ・スタッフ小屋・紅テント・受付 である。
テントの見えているサイドが舞台の背景にあたる。

唐組のチケットを取ったのは師匠であるが、張本人が行けなくなってしまい、心細く初心者だけで並んだ。
並んだというのは、テントは
すべて自由席。んで唐組のチケット制度というのがなかなかややこしい。

この先行く人のために説明しておくと、
チケット入手には3種類ある。電話予約してとる・電話で前売りを買う・当日券を買う の3パターン。
電話予約は送られてくるチケットに、すでに整理番号が書いてある。
前売りとは、整理券をもらうためのチケットを前もって買う事。
当日は、当日にチケットを受付で買い、その時にも整理券が発行される。

前売り&当日は、13:00になると開く受付にて前売り券を見せる、または、金払う、で整理券ゲット。
それから開場の16:30まで放置なので一旦散開。

16時30分に再び現場に行くと、メイクをした役者さん達が直々に人整理をはじめる。
受付も、何もかも、運営は全部役者がやる。
最近、素人劇団でもスタッフがいて受付とか、そういった客いじりに役者は出てこない事が多いというのに、何とよく働く人々でございましょうか。
俳優気取りで楽屋なんぞでナーバスになっているアマチュア役者を思いだして無性に腹立ってみる。

まず、電話予約でチケットに番号の書かれた人を番号順に並ばせる。
その隣のレーンに、前売りチケットを買って、13時以降に整理券をもらった人を並ばせる。
するとどこからともなく色んな劇団各位の人々が、自分たちの公演チラシを配りに回り出す。
なんだか、こんな当たり前の「演劇人助け合い」にさえ感動。
中では靴を脱ぐので、靴を入れるビニール袋も配布される。

そして、この2列の1番から30番の合計60人の2列が、まず会場に入る。
次に31番〜・・と続き、とにかく前もって電話した2種類のタイプが全員入場してから、最後に当日券の整理番号1番から入れていく、っていう仕組み。

テントの中はゴザが敷いてあり、田舎の寄り合いのように詰め合って座る。
ゴザの直下は地面なのでウレタン座布団が用意されているが、私は産経新聞の人からだまし取った(新聞取らず)スヌーピーのクッション持参。
きっと、テントをたてる前、みんなで石ころどかしたり、草をむしったりしたんだろうな〜。と思う。
多少はゴロゴロ地面であるが、思ったより心地悪くないのだ。

しかも、この公演の初日は台風直撃時間と開場時間が一致。
テント吹っ飛んでもみんなで支え合って決行するに決まっていると信じていたら、開演時には静かな空になっていた。西新宿は高層ビル街。ビル風の超突風もあり、きっとこの日はお客さんが一番被害にあっただろう。
しかし、「どうすべきか!」とギリギリまで悩まなければならなかった劇団員たちの心情を思うと、いくら私のチケットが台風が落ち着く予定の11日だとはいえ、「晴れ女みにぃさん秘技・ハレハレ踊り」を舞わずにはおられん心境じゃった。

私のおかげでは全く無いが(←誰も思っていないだろーよ)奇跡の台風一過。
勘九郎様もそうなんだけど、天才がいるところ、必ず奇跡って起こるのよね。きっと台風が夜半まで東京にいたとしても伝説に残る唐組が見られたと思う。
ポジティブ思考なんぞではなく、ほんっと、そう思う。

並んだ甲斐あって、ほぼ真ん中一番前ゲット。
視野的には前から5番目くらいの真ん中(花道すぐ脇)が良いのでしょうが、唐様の鼻毛まで目撃する予定の私は一番前なのだ。こっちが勝手に照れちゃうくらい間近だ。
こんなマクロで見ちゃっていいのだろうか。その気になればいつでもキャストの足首つかめる。
顔から30センチ先に役者の足があるのだから靴の縫い目まで勘定できる。
舞台の上を這うダンゴムシやコオロギを鼻息で飛ばせる距離なんだぞ。マジで。

眠りオルゴールは、オルゴール職人の兄さんをめぐる物語。
父の後継ぎ職人と なった兄谷君が8年前、川に捨てしオルゴール、幼なじみのチャコちゃんに 見つけちゃったと呼び出され、行った先はイタコ病院。
色んな人との出会いから、8年前に頼まれた オルゴールのその意味と父の過去が明かされる。

大人として、爆笑できて感動できて、なんだか良い気分になっていく不思議な芝居。
これは唐さんの作る一言一言の言霊が、本当に亡霊みたいになって開場を取り込んで行っちゃうからなのだと思う。何だろうか、全員が愛おしいのだ。
こんな風に仕立てた芝居は他に腐るほどあるが、だいたい脚本家の自己満足につき合わされた気になるものが多かった。これほどまでに、脚本と演出で「参りました」と思わせるだなんて、
久しぶりにこの手のお芝居を見たからなのか、それとも唐組が特別なのか。。。

歌舞伎って、よく「声に出して読みたいセリフ」つうのがあるけど、唐組もそうなのよ。
もしセリフを私も暗記できていたとしたら、一緒にボソボソユニゾンしちゃうと思う。
好きな歌が流れて、自然と歌っちゃうように。

お祭りにある見せ物小屋みたい。女子供は忍んで入るようなそんなインビな雰囲気もあって、紅テントまるごと色っぽいったらありゃしない。
役者紹介では、客席から声がかかる。まるで大向こう。
江戸時代に川っぺりで傾(かぶ)いていた頃、きっとこんなだったんじゃないかな。
役者の烏山さんへの大向こうが女性の声だったんだけど、これがとてもかっこいい粋な声で、私ははじめて「女でも歌舞伎で大向こう言える!」って思った。
幕見からたまに聞こえる、師匠の嫌いな(笑)「やまとや〜〜」という拍子抜けした男に比べたら、女だろうがこっちの勝ちだ。

そして唐 十郎。
なんなんでしょうか、失礼なんだけど可愛くて可愛くて「抱きしめて良いっすか?」と迷わずやっちまいそうなくらいキュートなのよ。
この愛おしさは、おそらく唐さん本人が演劇に対して感じてる想いそのものなんだろう。
それが私達に憑依して、んで「演劇そのもの」である唐さん本人に反射してそう思わせているんではないだろうか?

芝の上に居て見る故、芝居。
本当のお芝居を見てきた気分です。

台風が行き去っても、私に降り注がれた皆様のツバ。(笑)
目玉に直撃で入ってこようが、マウスツーマウスでホールインワンしようが、ありがたいと思えても、イヤだとはこれっきしも感じなかった。
きっと、私は思いっきりファンになってしまったのだわ。

ラストシーンで取り去られる舞台背景。
さっきまで私たちが待っていた原っぱに散っていくメンバー。
この四方に去っていく流れさえも、演出が入っているんじゃないかと感じる。
みんなが動いていく軌跡が美しかったです。

平成中村座は、間違いなく唐組の影響を受けている。
ニューヨーク公演も、その後の松竹の演出も素晴らしい。それを称えるのは当然だと思うけど、ああまで絶賛するなら唐組も見ておくべきじゃ。

このあと、唐組は滋賀に行ってしまうけど、22日から24日と29日から30日には東京に戻ってくる。
雑司ヶ谷・鬼子母神。3300円だし!(当日)

この期間に暇があるのに、これを観に行かないのは愚か者ぢゃっ。
私もなんとか都合つけてもう一回いかないと。
今度は後ろの席で良いから、またあの一体感を感じに行かないと。

ああ、今年に入って、開発されまくりな私。

……とは言うものの そのオルゴールの蓋を開けると、人を眠らせない。
くーーーーー!コピーでイっちゃいそう。

 10/19 夜叉ヶ池(やしゃがいけ)   PARCO劇場               //  minnie
本日行って参ったは夜叉ヶ池。
泉鏡花の有名な戯曲です。前に玉三郎様が主演で映画になった事がある。

人と水が戦い、高僧が夜叉ヶ池に竜神を封じ込めた。
竜神は日に3度の鐘の音にて自らを戒め池を出ぬことを誓う。

というわけで、山麓の鐘を日に三度つかなければ、夜叉ヶ池に封じ込められている竜神が暴れだし、村を滅ぼされてしまうという伝説を信じ、一生を鐘つきに捧げた老人の死に目のためと、その場の嘘で「僕が後を継ぐ」と約束してしまった晃という青年。
村の美しい女、ゆりと出会い、そこに暮らして夫婦になる。そして言い伝えを守って鐘をついているのだが、村の人々はそんな迷信を信じておらず、晃とゆりを変わり者扱いしていた。
一方、
学者の山沢学円が村に訪ねて来る。休暇を取り夜叉ヶ池を訪れようと旅をしていた。
その途中立ち寄った村は、2年続きの日照りで水不足で困っている村だった。しかし村はずれの"鐘のある家"は他の村人が気味悪がってけっして飲もうとしない"夜叉ヶ池"から流れてくる水を飲んでいた。そこでゆりと出会う。

百合は直感的に夫の晃を探しに来た友人だと察し彼を避けるが晃は自ら名乗り出るのであった。
その頃、夜叉ヶ池の中では竜神の子孫の白雪姫が恋煩いで禁を破って池から出たがっていた。

「人間など水に沈んで構わない。私は愛する人に会いたいだけ」と願う龍神の姫、白雪。
しかし律儀に鐘が鳴らされる。人間との約束で池を出る事は許されぬ白雪は、「どうせ人ってのはいい加減なので、そのうち鐘をつくのを忘れるだろうから、それまで待て」となだめられる。

ある日、あまりにも日照りが続くので、村人は「いけにえ」を捧げて雨乞いをすると決める。
村で一番の美女を全裸にし、牛に縛り付けて放つと。
殺しはしない。雨が降ればそれで逃してやると、その役割をゆりに決める。
死ぬより辛い、その屈辱にゆりは逃げまどうが、村の男達は「雨乞いの儀式」を盾にして、卑猥な心でゆりを裸にしようと思っているだけだった。
そこに夫の晃が現れ、村人と争う。ゆりは・・あきらは・・龍神白雪は・・・

人間と、水に暮らす生き物と、川や池を司る神たちの物語。
私は、この作品はぜひ、ジブリに演出して欲しいと思っていた。

今回この芝居を見る事になった理由は、この美術担当が友人である「会田誠」だったからだ。
今や「取り扱い注意」の芸術家として有名人である。
仲良く飲んだくれ、朝までダラダラし、うちに来た事も何度もあったあの頃は、会田はまだこきたない貧乏人であった。しかし、当時から彼が天才である事は全く変わらない。
私は「天才・会田誠」のファンであった。
今回この芝居の美術をやるときき、芝居づいていたこともあって、師匠にチケット取ってもらった。
ちなみに師匠も会田誠を良く知る友人のひとりである。
まーくん(と呼んでいる)のポスターが、非常に彼らしくてそれだけでこの芝居に色気を添えている。

出演も豪勢だった。

晃に武田真治。ゆりに田畑智子。
友人・学円に松田龍平。白雪に松雪泰子。
それらを固める様々な役にも、萩原聖人、きたろう、涼平、鈴木ユウジ、そして丹波哲郎。

演出は三池崇史で、脚色が長塚圭史(父さんが長塚京三)。そんでもって会田。

見に行かなきゃね、と思いたくもなる。
久方ぶりの「芸能人いっぺんに見る機会」でもある。
筋書きは上記の通り。
役者は、まあそこそこの演技力。
個人的に「この人好き!」というのがあったら、きっと素晴らしいお芝居になったことでしょう。

武田君は、ちらっとみえる胸板の完璧な事!!
脱いでくれ!脱いで上半身だけでいいから生肌拝ませてくれ〜と思った。背は低いがいい男だ。

松田龍平は、いまいちだったんだよなぁ〜〜。彼らしい(私の考えるところの)色気とか危なっかしさを期待したんだけど、そういう役どころではなかった。
松雪は美しかった。白雪という、龍神つまりもののけであるが、その雰囲気に合っていて見惚れた。
今風のセリフ回しがふんだんに盛り込まれており、けっこう笑える場面もまんべんなく散りばめている。

しかし、やはり納得せざるをえないのが丹波哲郎。
ベテラン俳優だよ。「霊界通のおもろいおっさん」キャラが立っているけど、本業に関わればがらりと変わるね。二役演じているんだけど、どっちもかなりいい。
とても痩せてたし、カーテンコールでも役者に手を取ってもらって歩いていたし「病気になってるのとちゃうやろかー?」って心配になったんだけどね、もしかしたら丹波さんの最後の生舞台見た事になっちゃうかもと、縁起でもない予感が・・・!

唐組見た後だからか、「とてもスタイリッシュでステキにつくった出演者がゴージャスな芝居」というだけの印象だった。言葉は誉めているんだけど、これ以上別に話す事がない。
でもね、若い子はこの夜叉ヶ池、とても気に入ると思う。
この芝居を「大好き」「一番良かった」と感じてもそれに反論する気持ちもない。

こういう芝居を「普通」っていうのだろうか。
当然好みがあるので、中には唐組の方がダメな人だって大勢いるはずだ。

夜叉ヶ池の感想は、会田誠のポスターがすばらしく、加えて会場ロビーに展示されている会田作品のでかい水槽、別段美しくない、川に生息する魚が水草に舞い泳ぐ水槽の中に、釣り鐘ごと沈んだ晃とゆりの像に尽きた。

お芝居を「普通だ」と思って座席を離れ、ロビーに出た時に見つけたんだけどね、突然今まで見ていた物語のことがフラッシュバックし、急に「なんて悲しいんだろう!」って想いがこみ上げてきたのよ。

会田は、プログラムで「僕は今回、それほど大きな仕事をしていない」って書いているんだけど、そんなことはない。舞台美術は「あ、もうちょっと会田カラーを期待した!」って感じだったんだけど(師匠は誉めてた。とフォロー)
まずポスターで「なんと興味をそそる世界観か」と思わせ惹きつけられて、会場で椅子に座って「普通の芝居」を見せられた後に水槽の晃とゆりを見て「ああ、、このふたりは・・・」と突然切なくなって思わず舞台のあった方向を振り返って見てしまったのだから、絶大なる演出効果なのだ。
まーくん、あんたやっぱり天才よ。
夜叉ヶ池が今、私の心に残っているのはほぼ9割、会田の力です。

 10/21 髑髏城の七人(どくろじょうのしちにん)-アオドクロ  日生劇場  
                                   //  minnie
劇団「新感線」の座付き作家中島かずきと、演出家いのうえひでのりが90年からはじめ、あまりの人気に再演を続けて今に至る髑髏城の七人。
今年は「同じ年に同じ演目でキャストを変えて再演する」という飛ばしっぷりで、その春公演を赤ドクロ、秋公演を青ドクロと称している。
「古田新太が気を失うほどかっこよかったのよーーー」って、昔見た事のある人が熱く語っていた芝居だ。
まったく予定外だった男に惚れてしまい、たいそう困っている様子だったのを覚えている。
今回、友人から「行かない?」と声をかけられるまでは、そんな昔話も忘れていた。

そして、秋の青ドクロ、主演は市川染五郎@高麗屋!
我らが染ちゃんですわ。「へぇ〜あの砂消しアゴの染ちゃんがぁ?」とすっかりマブダチ気分で構えていたら、パンチくらっちまいました。
染五郎、かぁ〜〜〜っこいい〜〜〜〜〜っ!
芝居見たその日一日は、染萌えでした。唐様、勘九郎様ごめんなさい。(未だ妄想癖健在!)

わたしゃ、こんな格好いい時代劇を見たのは初めてじゃわい。
黒沢映画や、カツシンなど、格好いいと言われる芝居は数ありますが、どうも私には渋すぎて、そして暗くて苦手感が否めなかったのであります。
今月の芝居の締めくくりとなった髑髏城ですが、これは映画で例えるならば
「古典的な古い映画ばかり見てきたある時、都会の大人を意識したた雰囲気映画を見、センス良く作った今風日本映画を見て、最後にハリウッドのスッコーンと派手で後味の良さが約束されたエンターティメント映画を見た。という感じなのである。
蜷川芝居で有名な小峰リリーの衣装、様々なる芝居を手がける高橋功亘のヘアメイク。
すばらしくかっこいい。センス良しというか、「この手の琴線を心得ている」って感じよね。好きな人にはマジたまらんわよ。
たちまわりで見得切るように首を動かしたり、鼓を持って敦盛(かな?)を舞う染ちゃんは、歌舞伎役者ならではの演出だろうで、お得な気分。メイクが濃かったおかげか、全員ステキ。
上左より池内博之・真ん中が染五郎・右が佐藤アツヒロ(ヒカルゲンジの)
下の段・高田聖子・鈴木杏・ラサール石井
ね?はまる人には辛抱たまらん雰囲気でしょ?ほぼこのまま舞台に現れます。


信長が殺されて8年後。
かつて信長の影武者(つまりそっくりさん)であった2人のうちのひとりが捨之助演じる染五郎。
もうひとりの影武者が「天魔王」と名乗り、当時天下統一しつつあった秀吉の、唯一手薄な関東に無敵の館・髑髏城を建て天下統一を目論む。この天魔王も染ちゃん。つまり二役。捨之助と天魔王がいっぺんに出てくる時は、天魔王さんが「信長の頭蓋骨で作ったマスク」をかぶっておる設定に。
この、玉ころがしの捨之助、根っからの女好きで「女には敵でも手を出さぬ、己は女のために生まれてきた、死ぬ時は女の手にかかって死ぬ」というスケベでキザで軽いが一本筋の通った強い男。ルパンのような男じゃ。
うわっ。よわいーー!こういうキャラに弱いのだった!そういえば!
現実には絶対いないので、アニメやドラマに限って、はまるんじゃった。わすれとった!

この男が中心となり、天魔王の手下に追われている髑髏城を設計した天才少女サギリと出会い、(鈴木杏)古い知り合い蘭兵衛(池内博之)の経営する無界つう郭にサギリを隠し、次郎衛門というタヌキ牢人(ラサール石井)も加わって、無界の極楽太夫(高田聖子)と、太夫にぞっこんのヤンチャ者こぶしの忠馬(佐藤アツヒロ)なんぞも入り混ざり、髑髏城・天魔王と戦う!といった、プレステのゲームみたいな筋書きだ。
が、しかし
上に述べた連中が「髑髏城の7人」の仲間ではなかった。
捨之助と仲良しだった池内君@蘭兵衛は、後に天魔王にあやつられ「実は森蘭丸でした」って敵に回るし、ラサールは実は豊臣秀吉だったりするし、7人のメンバーは「あれ?こいつらだったのかい!?」と芝居後半まで全く予想しないメンバーになるのである。捨之助はもちろん7分の1だがね。でもそれも良しのイカした脚本なのである。

男の子がダサイほどに「格好いいとはこういう事じゃ!」と演出しているような芝居で、まんまと引っかかったおねーちゃんたちがその世界観から脱する事ができずにいる理由に頷いた。
キャストが変わるごとに、演出も変わる。だから次の髑髏城も好きな役者さえ出ていれば、相当なる興奮が約束されよう。4時間近くもある(幕間20分つき)芝居だっちゅうのに短かった。

この芝居、とにもかくにも照明がいい。日生劇場に花道。
立体的な演出に、ひじょ〜に上手い照明の使い方。鳥肌たった。
「照明も舞台演出のひとつなんだ」と、あったり前の事実を髑髏城で気づかせられた。
そして効果音。
すごいスピードでモーレツなダンスみたいな殺陣。この殺陣もまるでサーカス芸のように色んな趣向を見せてくれるんだけどね、例えば、普通の刀は5人も斬れば、血のりで切れなくなるので100人斬りできる刀を、ってワケで刀師のカンテツが「研ぎながらついて回る」っていう立ち回りがあるのよ。
2本の刀を投げ合って、5人斬ったらポーンと投げ合って持ち替えて、の繰り返しをしながら、普通の殺陣の速度でアクションするんだけどさ、こういう時に斬った音とかが、シャキーン!って鳴るのよね、
「こいつら、SE(効果音)テープに合わせて動いてるのか?」と驚いたんだけど、そうじゃなくてよく見たらば
PA卓にあるキーボード、つまりシンセサイザーで舞台見ながら音を出してるではありませんか。

ま、こっちの方が「音に合わせて動く」よりも簡単なのだろうが
それはそれで、音効の立場になればすっごいことだと思うぞ。
生半可なアクションじゃないんだから。
歌舞伎で言うツケの音も使っちゃりなんかして、効果音というより打楽器状態で奏で続けていたのだ。

鈴木杏の芝居だけが、ちょいと「普通の少女劇団」風で浮いているように思えたな。もすこし理知的な雰囲気もあってほしかったが贅沢な望みか。。。

池内君は非常に美しく、TVドラマの人間の証明で「黒人の役」やってたのが最後の役者目撃だったので、余計に綺麗に見えたのかもしれないが、実は森蘭丸って知った後、もうちっと謎な感じというか中性的な色気が欲しかったな。

ラサール石井は安心してみられます。あの人上手いです。見直しちゃった。
朝の番組も、これからはラサールのにしようっと。

これまで紹介してませんが、うらぎり渡京・粟根まことがお気に入りに追加されました!
あの声、好きな声なのよね。TDLのカントリーベアのスカンクやペンギンの声の人に似てて(わかる人が限定される例えをしてみました)ちょっとハート。(笑)

アツヒロ君には、いまだに、いにしえのヒカルゲンジ時代からのファンがたくさんいて驚いた。
彼も芝居、うまくなったね〜〜〜〜〜。男っぷりはアイドル時代より数段上がってる。ヤツの場合、靴にローラースケート装備されてたり、子分引き連れて花道を戻るシーンで♪恋はフーダムフーダムシャボンのように〜♪と合唱するコネタ仕込み。

しかし、アオドクロは染ちゃん!よくがんばった。すごく楽しそうにやってましたな。
さすが「新感
」とも言われるまでになっただけの事はある。
これまで見た「歌舞伎のあなた」より好きです。(笑)
ある意味、髑髏城って歌舞伎だよ。野田版歌舞伎といのうえ歌舞伎、私の中で軍配が変わってきてしまいそうだ。

観劇にこだわりが無いとか、自分の好みがまだわからない人は、こういうのを観るといい。
難しいテーマを投げかけるでもなく、詩的な表現を解釈する頭も使う必要が無く、素直に「おもしろかった!」と言えるお芝居です。